ルーファ・オーデルンの手記

SFファンタジー中篇
著 岩倉 義人

Page 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 >前のページへ >次のページへ

11 ジスに戻る

 その休みの日には、皆で粟酒を酌み交わし、踊りをする者や、下手な歌を歌ってみせる者もいて、大変楽しく過ごしました。ミュール氏は、赤ら顔をして杯を干し、唇をなめてから裸になって。
「わしにも、踊らしてくれや。」
と、くるくると、意外にも身軽に踊っており、その、汗まみれの様子に、ミグルも興奮したかどうかは知りませんした。
 黒皮鎧は非常に柔らかいので、2着の鎧で、大きい結晶の入った保存容器を別にしてくるみ、荷台に乗せておきました。そうしないと、その精神作用は甚大なものがありますので、また、必ず、気をおかしくする者が出てくることが、予想されたのです。
そして、帰りの旅は、行きほどの困難もなく極めて順調なものでした。私も3日ほどは荷台にミグルと一緒に乗せてもらいましたが、具合が良くなってからは、皆と一緒に歩きました。
 あと一つだけ気掛かりなのは、どのようにうまく、その結晶を利用して核熱鉄器を冷やすかということでした。が、神童子の親方に頼んでありましたので、彼ならなんとかしてくれるだろうと、考えておりました。
それから、ジスの都を出てから、152日目にようやく戻って参りました。
都は丁度、粟の苗を植える、狂蝶紅花の咲く季節で、甘く傷の疼く香りに、郊外の農耕村は満ち満ちており、煤けたような私たちの一行を見て、百姓たちは、少々驚いていたようです。馬車にはジスの青い国紋が入っているので、行商人とも、粟を他国に売る国営の荷馬車ともつかなかったのでしょう。
普通は十字形に青い点が五つ打たれた略紋が使われる。粟はジス国の主要な作物であり、一番重要な収入源である。他国では土壌汚染のため、作物が十分に育たない所もあるために農業は最重要視されている。
 そして、半日ほどして都市部へ入り、皆を核熱鉄器の神童子の宿舎に一度休ませてから、私とステファン、それにミュール氏は、連れ立って99位神官殿にお伺いを立てました、
神官殿の御座所は黒鉄銀岩で出来た、核熱鉄器が中央に据えられている寺院の中にあり、235年前まで使われていた、ごてごてと飾り立てられた、ローラール城には、おいでになったことは無いと聞きます。
235年前にジス国では、革命が起こり、王政から神聖政治に変えられた。核熱鉄器がその信仰の象徴とされている。
神官殿の余り広くもない、仕事をするには十分な、執務室の前で待たされていますと、神官殿は自ら、扉を開けて出迎えてくれました。
「よう、ルーファ。久し振りだな。こっちではもう準備は出来てるぞ。まあ、入ってくれ。」
略式の神官衣を着て、年も30代とお若く、あまりにも砕けた調子ですので初めて神官殿にお合いした、ステファンなどは、「あちらが、あの、神官殿ですか。」と驚いてミュール氏に小声で咳いておりました。
そして、神官殿のお話によりますと、10日ほど前に、私どもの後から出発したエナリの隊が、戻ってきたそうです、そのエナリの隊が行っておりました所は、新しくルシャワールの北方に発見されて話題となっていた、オーカナラコの遺跡だそうで、そこの既に、数千年前には廃墟になっていた、図書館から、現在、核熱鉄器の横腹に付けられでおります、黒い血石と思われる記述を見つけたそうです。使われている言語は、ルシャワール人のものとそっくりでしたので、ほとんど苦もなく解読できたそうです。
その内容を、かい摘まんでお伝えしますと、そこでは円盤状をした黒い血石のことをミオナマラと呼んでいるようでして、その用途は、高熱を持つ巨大な原魔動器や核熱鉄器などの冷却に使うものらしいのです。
しかし、その冷却力は400から500年で急に、無くなってしまうそうなのでした。私どもの国の血石はウルベクが持ち帰った物でしたから、すでにそれくらいは経っていたのでしょう、それで核熱鉄炉が弾け飛びそうになるほど熱くなったのです。
そしてその力が弱まった時には、ズファ砂漠の結晶石のヒビの入ったものを、黒い血石の窪みに押し当てれば、自然と結晶ごと吸い込まれて、凍らせる力も元に戻ると書かれていたのです。
ズファ砂漠とは、オーカナラコの都市から、一月南西に行った所に広がる砂漠である。とのみ述べられていましたが、きっとそれはダグランドに違いないと、神官殿は考えられて、私どもの帰りを心待ちにされていたそうです。
「それじゃあ、さっそく、俺たちは、核熱鉄炉の所に行って、そのヒビ入り結晶とやらを、黒い血石に入れてくるよ。」
と、長くなった話を打ち切って、神官殿は席を立たれ、
「本当によくやってくれたな。ゆっくりと体を休めてくれ。その前に、それを私に渡してくれないか。」
私たちの、一人一人と、じっと目を合わされてから、先に執務室の黒壇で出来た重苦しい扉を、すっと開けられてさっそうとした御様子で出ていかれ、私たちも急いでその後を、追い掛けていきました。

 私は、ようやくこれで、ほっとでき、一休みしてから、そのオーカナラコ遺跡か、ルシャワールの余り人には知られていない、私の3年前に見つけた地下遺跡にでも、ステファンと行こうか、それともジスの国立動植物園にでも行って、イソギチョウの黄色な胸を、眺めようか、と、取り止めのないことを、神官殿のむくむくと動く背中を見ながら考えておりました。


ルーファ・オーデルンの手記 1 終