「大変昔の話でございますが、レシイドル・クレッツァー・ロムドフという名前のトカゲがお城の石垣の小さな穴ぼこの中に住んでおりました。彼は他の大抵のトカゲと同じようにおつむが阿呆でございましたが、あるときそんなたいそうな名前を王様にいただいたのでした。
そこまで聞きますと、なぜ、ただの阿呆のトカゲがそんなりっぱな名前をもらえたのか、気になって夜も眠れない感じが致しませんでしょうか?
もしそうなら、教えて差し上げましょう。」
そこまで、一気にまくし立てるとその継ぎはぎだらけの色とりどりのぼろきれを着た小男は、顔をくしゃくしゃにして見せた。
村の小さな食堂で、やっと食事にありつこうとしていた私たち二人を見つけて、いかにも都会人であることを見て取ったのだろう、一つ引っ掛けてやろうと、彼は汚いどこかの隅っこから姿を現したのだった。
私の連れである、友人はそんな乞食風情が大の苦手だったので、上着のすそのところにうまく隠していた、リボルバーをちらりと見せ付けてさっさと追っ払ってしまおうとしていた。彼は特に腹が減っていると怒りっぽくなるたちだった。そして、早く追っ払ってしまいたいと私に許しを請うような目をして、私の事を見た。普段なら、私だって彼と同じようにしただろう。だが、この時はどうかしていたのかもしれない。
いくら、引っかけ話とはいえ、トカゲの話は珍しいような感じがしたのだ。
「まあ、いいじゃないか。つまらなかったら、追っ払えばいいし、万が一面白かったら私が小銭を出そうじゃないか。」
それを聞くと友人は大層ふて腐れたように席を立ち、店の隅にある埃をかぶったピンボールが息を吹き返さないか、試しに行ってしまった。
「そうですか、だんな様、話がお分かりになられる。大してお邪魔は致しません。お料理が運ばれてくるまでというわけでして。」
乞食は友人が立ったあとの席にうれしそうに腰掛けると続きを始めた。
「その先ほどのトカゲに名前を送った王様のお名前ですが、タイパディス・クレッツァー・ロムドフといいました。そうです。彼は自分の名前を阿呆のトカゲなんかに送ったのですよ。その訳はといいますと、これから順々に分かってくるでしょう・・・。
ここよりも大層北にあります、タイパディス王の国では五月のキパディールの祝日週の初日に王様が演説をするという慣わしがございました。ええ、もちろん。博識のだんな様でしたら、そんなことはご存知でしょうけど、物事には誰にも知られていない側面がございまして、そんなちっぽけな国の王の演説にしたって隠されている秘密がございました。」
ここで乞食は秘密の価値を吊り上げようとでもいうのか、私に顔を近づけて小声で話し始めた。とんでもない安物のアルコールの腐った匂いをぷんとさせていたが、出来るだけそれを吸い込まないように、私は顔を背けながら話を聞かねばならなかった。
「それは、もし、王様が演説をしなければ、国に革命が起こり、王様は吊るされてしまうだろう。という、呪いの様な言い伝えでした。しかしながら、ただ、演説をキパーディール節の初日にすればよいというだけでしたし、またどんなに演説がへたくそでも別にかまいやしなかったらしいので、ここ数十年といったところ、そんな言い伝えは忘れ去られておりました。
ちょうどその年は王様の王位就任20年目にあたる年でした。タイパディス王は普段から人前に出られるのが大の苦手でしたが、演説だけはしなければならなかったのです。しかし今年はちょうどおめでたい節目でいたので緊張も喜びの前にゆるんでしまわれたのでしょう。王様は記念の演説の練習を張り切ってしておられました。
ですが、演説の5日ほど前に差し掛かると、王様はのどに違和感を覚えられました。多分軽い風邪でもひきかかっていると薬を飲んだり、蜂蜜をのどに流し込んだりされました。
しかし、予想に反して腫れは一向に引くどころかひどくなる一方でしたので、不安に思われた王様は城の侍医をしていた、若い魔法使いを部屋に呼びました。
若い魔法使いは王様の口の中の様子を見て、大層驚きました。本当は腫れているのはのどなどではなく、舌全体だったのです。舌の上には恐ろしい呪いの刻印がされていました。
それは真っ白なトカゲの形をしておりました。魔法使いはすぐに自分の同業者がそれをしたのを見て取りました。それは王族に掛けられた呪いが本物であることを示す印でした。彼は演説の言い伝えがうそではないということが分かったのです。しかし、王様にはその事をはっきり伝えることをしませんでした。王様を必要以上に不安がらせたくなかったのかもしれませんでしたが・・。
ただ、彼は自分の持つ、魔法力と技術の限界を尽くして呪いをとこうと試みました。彼の得意とする最新の魔法と医術の掛け合わせたものが太古の呪いに勝てるのかどうかも彼の重要な関心でした。しかしながら、次の日の明け方になっても、腫れは引きませんでした。震える手で彼の施した、薬液を染み込ませた包帯を取り除いてみると、舌の上の肉の刻印が腫れあがって、本物のトカゲのようにのたくっているのが見えました。
王様はおかわいそうに、あと演説の日まで三日しかないというのに昼間からベットに臥せって、舌の痛みにうめいておられました。侍医の魔法使いの取り乱したようすから、お気づきになられたのでしょう、最後に筆談でこう聞かれました。
「私の呪いは本物か?」と。
魔法使いは王様の怒りに狂った目から顔を背けると、「はい、王の舌の上のトカゲの印は間違いなく本物です。」とポツリと呟いて、部屋から逃げ出して行ったのです。
彼は絶望しきって王様の部屋を後にしたのですが、本当の自分の施術が失敗した訳に彼は気づいていませんでした。もし、気づいていたとしても、口が裂けてもその事を王様にお伝えするわけには参りませんでした。
その日の晩、一体どうしてこんな風になってしまったのか、と王様は嘆かれました。今までだって、そんな風に舌が腫れたことなど一度もありませんでしたし、先王の時だってそんなことはありませんでした。
「しかし、なんというふざけた呪いなんだ。決まった日に演説をしなければ殺す、なんて。」
王様は悲嘆にくれるあまり、民衆に殺されるぐらいなら、自分で死んでやろうとまで考えられたのです。そして、その前に自分の舌がどうなっているのか、もう一度見てやろうと、手鏡を覗かれました。
「ほう、これが魔法使いの言っていたトカゲの印か。こんなものはナイフで切り取ってやろうじゃないか。あいつは間違ってもそんなことをしてはいけない。もし、印を傷つけたなら命さえ危なくなるとか言っていたが、どうせ死ぬんだったら、この頭にくる印を取り除いてからにしよう。」
王様は果物を剥くための小さな刃物を手に取られました。
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