ルーファ・オーデルンの手記

SFファンタジー中篇
著 岩倉 義人

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1 ジスの核熱鉄器

この小説は架空の国、ジス国の中央図書館の特務司書であり、探険収集家である、ルーファ・オーデルン氏の著した科学紀行文という形で、書かれたものである。

私どもは205年5月6日にダグランド砂漠に達しました。その砂漠の砂は金属類のおよそ0・1ミリの矢じり型をした8面体の結晶体でして、必ず内側が中空になっております。
 そして、その中には絶対凍度と言われる冷気が閉じ込められていて、その結晶体を割って、その冷気を外に出すのは不可能とされております。
 丁度その結晶体が保熱材の効果をするのでしょう、砂漠の昼の気温は70から100度に達するそうであります。しかしながら、夜になると、なぜか急に気温が下がり零下40度にもなるそうです。それは砂の結晶に太陽の光が当たらなくなると、たまにヒビの入った砂がありまして、そこから、冷気がもれ出て来るためであります。昼の間は熱膨脹によって、ヒビが塞がり完全な灼熱へとなるのです。それらは顕微鏡下の実験で確かめられた事であります。
 さて、私どもがこの砂漠にやってきた目的と言いますのは、そのヒビのある結晶を出来るだけ、たくさん集めて 加熱鉄炉の冷却に使おうというものでした。
原子炉の事を指す。また、核熱鉄器(かくねつてっき)とも言う
 私ども一行12名は非金属の特別製の上着を着ておりまして、胸の所には神殿の侍女に縫わせた紋があります。その紋には神官の幻力とも言うべきものがかけられていて、そのおかげでこの砂漠の気候にも耐えられるのであります。しかし、良いことばかりではなく、幻力の副作用なのでしょう、全員が絶えず胸のむかつきを覚えておりました。
 私が隊長を務めます隊は私の名前を取りまして、ルーファ・オーデルン隊と呼ばれていましたが、その隊の今回の任務は一億粒に一粒と言われているヒビ入り結晶を一億粒探せと言われているようなものでした。
 私は 第99位神官付きの特務司書という役職でしたが、実際は司書としての仕事はほとんどなく、神官の命令によってあれこれの遺跡に行きそれこれを探せという、探険収集家とも言うベき仕事をしておりました。
現在、最高位の神官、3242年前に98位までの神官は核熱鉄炉の中に入滅されたという。そして、現在99位神官の地位のみが世襲され続けている。
 なぜ、国に雇われている一部の探険収集家が特務司書に任命されるのか、という事につきましては、あまりはっきりした事は分かってはおりませんでしたが、その昔ウルベクという99位神官の代にキルヒャーという中央図書館付きの司書がおりまして、その代の間になんらかの大災害が起こったそうであります。それは核熱鉄器の熱が急にさめそうになったとも、また、今回の様に鉄器が熱くなりすぎて器が弾け飛びそうになったとも、伝えられておりますが、その時にキルヒャーが古文書や魔化学の知識を買われたのでしょう、秘密裏に派遣され、どこかの古代遺跡から現在、「黒い血石」と呼ばれている半径50センチほどの円板形の石を持ち帰ったそうであります。
「くろいちいし」と読む。
その石によって危機を逃れたのでしょう、今でもしっかりと核熱鉄器の側面にくっついていて、いまだにその様子を見ることができるのです。その時から慣習として、国雇いの探険収集家の事を特務司書と呼ぶようになったようです。さて、先ほどもふれましたが今回の災害は熱鉄器の温度が上がり過ぎてどうしようもないという事でした。今までは、氷水晶で冷やしてどうにか持ちこたえて来たのですが、1日5個のペースで氷水晶が蒸発してしまい、残りは1000個ほどしかありませんでした。
魔化学加工品 100度を越える物質に触れると徐々に溶けだして急激に冷やす性質がある。なお、過去においては核熱鉄器がどんなに熱くなっても、氷水晶1個で100日はもってきた。一番最近に発見されたものは、52年前に北方の古都ルシャワール遺跡で発掘された347個が最後。その製法は伝わっていない。
 私が旅に出てからすでに50日は経っていましたから、あと150日以内になんとかダグラント砂漠の凍砂を持ち帰らねばなりませんでした。一つの間題は黒い血石が、果たして核鉄器を冷やしているのやら、温めているのやら、よく分かっていないという事でした。それには、一時的に石を鉄器から引き離してみればすぐに分かるはずでしたが、1000年以上もの間へばりついていたものですから、神童子たちがどんなに引っ張っても、また隙間にタガネを打ち込もうとしてもどうにもなりませんでした。
神童子 神官に仕え核熱鉄器を守り、整備する工員。全員、頭頂部を剃髪していて、この国の子供達と同じ髪型なのでそう呼ばれる。
 神童子の親方の話では、鉄器を割ってしまうしか血石を取り外す方法がない、という事なので、とりあえず氷水晶で冷やし続けて様子を見るより仕様がありませんでした。私はその時、黒い血石について何か手掛かりが無いかと思いまして、中央図書館の古文書室にて調べものをしておりましたら、古いテル火山の本の中にダグランド砂漠のヒビ入り結晶について、非常に興味深い記述がみつかりました。その本に出てくる魔法化学家は、ダグラント砂漠に出向きましてヒビ入り結晶を集め、それをテル火山の噴火口に投げ入れたそうです。そうする事によって噴火は食い止められ、その副生成物として金水石とかいう魔法物質をごまんとせしめたそうであります。その時はもちろん特別製の容器に入れられていたのでしょう、記述中にはただの黒ビンと書かれておりましたが、それはヒビ入り水晶の熱膨脹を防ぐための溶岩からの完壁な断熱効果のみでなく、その冷気をビンの外に拡散させる作用を合せ持つという、不可能としか思えないものでした。おそらくそれは、腕の良い魔法工芸家の傑作と言えるものだったのでしょう作り方も伝わっていませんでしたし、それと同じ様な物をつくるには、気の遠くなるような困難が横たわっている事が予想されました。
テル火山 地歴前1525年ごろから大噴火を繰り返し100万もの人を焼いたという。しかし、地歴前1025年にぴったりとその活動を止め、現在に至る。先の記述には「1026年に記録」と書かれていた。東の果てのアダプ島にあるとされる。
 しかしながら、私たちはとりあえずヒビ入り結晶を持ち帰ってみようと、神官たちと評議し、探険隊を組織することを許されて、首都ジスを旅立つことになりました。
 一つだけ良い見通しがあるとすれば、ヒビの砂を持ち帰る方法だけはすこぶる簡単に考え出されたことでした。それは、保温性を持つ太陽型発光球を利用したもので、神童子の親方は装置の設計のみならず製作まで快く引き受けてくれました。
そして、早くも一週間後には、結晶を150個は収納できる保存装置が出来上がりました。その構造は円筒型の直径80センチ、高さ1.5メートルほどの鋼鉄製のもので、側面には10段の引き出しが付いていました。それを引きますと、10センチ角の保温装置が15個顔を出すといった具合でした。小さな保温装置の中には発光球が1つずつぶら下げられていて、その下にある目に見えないほどのツメには、必ず1粒しか結晶を挟んではいけませんでした。そういう事を得意気に説明してくれた、神童子の親方のヒゲづらが今も目の前に浮かんでくるようです。