ルーファ・オーデルンの手記

SFファンタジー中篇
著 岩倉 義人

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7 気体生物ゲシャタ

 次の日、私どもは3日ぶりに天幕を畳み、砂漠の黄から赤への変わり目に向かい、隊を進めることができました。
 それから2日ほどして、現在の位置を調べようと、薄暗くなってから外に出て、一人で星を観測していますと、ステファンも天幕からカンテラを持って出て参りました。
「この分だとあと、一週間も進めば色の変わり目に辿り着くな。」
 私は指標星のアルビリオ・フェスエル星を、望遠鏡の視野に入れようと接眼部を覗きつつ、ゆったりと申しました。
「ええ。そう言えばこのところ、皆、落ち着いてきて良かったですね。やっぱり夜の間に、砂漠の妖気を妨げる魔防壁をかけているのが効果を表してきたんでしょうか。」
「うん。そうだな。ミグルもおとなしくなってくれて、本当に一安心だがな。
まあ、これからが、大変だぞ。」
 そして、しばらくしてもステファンは、何の返事もせず押し黙っているものですから、また考えごとにでも耽っているのかと思い、ふと、彼の方を振り返ってみますと、ステファンはまるで、ほうけたかの様に空を見上げ何かを眩いているようでした。
「どうしたんだね、ステファン。あんまりにも星が多すぎて、数えきれないのかい。」
「ルーファ隊長、あれは一体なんでしょうか。僕もミグルみたいに、とうとうおかしくなったのでしょうか。」
何を言っているのか、と薄笑いしながら、彼の視線を追って、虚空を見上げてみますと、なにやら、青白く、そして黄緑にぼうと揺らめく、振じくれた光の束のようなものが、天頂近くにひと固まり浮かんでいて、その見掛け上満月ほどの束が、またたいたり消えたりしながら、ほぐれたり堅く絡まりあったり、そして、霧のようになってふわふわとした光の球になって遊んでいるように、ゆっくりと旋回したりしていました。
「あれは、幻なんかじゃないよ。ちゃんと私達にも砂漠の妖気を防ぐ膜をかけたじゃないか。気象現象でもないみたいだし、普通、妖気の様なものは、人間の精神には害を及ぼすことはあるけれども、物質には影響を与えないし、あんな風に生き物のように振る舞うなんて考えられないよ。
 だから、あながち、生き物だと言うのは間違ってはいないと思うよ。以前にルシャワールの古代の博物書を調べていたら、ルシャワールよりも、もっと古い時代のゲル地方では生魔学が盛んだったらしくて、色々と奇怪な生き物が作られていたというのは、なかなか有名だろうから、君も知ってるだろうけど、その時、ゲシャタとかいう気体で出来た生物を作り出したらしい。そのゲシャタは大きさが150メートルもあったらしくて、ゲル地方の巨大な円形ドームで飼われていたらしいが、たまたま起こった馬鹿でかい竜巻がその屋根を壊したときに数十匹のゲシャタが逃げ出してしまったらしく、その生き残りらしい奴を、ルシャワールの動物学者が一匹だけうまく捕まえて見せ物にしていたらしいがね。でも、十年ほどしてそいつが死んでしまった後は、決して新しい奴は見つからなかったらしい。その本に記述されている様子が今、ここで見ている奴にまったくそっくりなんだ。多分、今はここだけにしか生き残っていないんだよ。それは、驚くほど意識や意思を持たない生き物で、ほんの僅かの空気中の化合物を取り込んで生きている、まったく本当に純粋な生物なんだ。たんなる単細胞生物のようだとも言えるけれども、何かもっと、人間なんかより、最も発達した美しい生命のように感じないかい。」
 そのゲシャタと思われる光の霧の固まりは、私達の話に関心を示すかの様に、楽しそうにまばたきを繰り返していましたが、しばらくして、死滅したように、より薄く広がってしまい、光を目にすることが出来なくなってしまいました。その後残念ながらダグラント砂漠を出る時まで、ゲシャタの姿を眺めることはできませんでした。