ルーファ・オーデルンの手記

SFファンタジー中篇
著 岩倉 義人

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2 ダグランド砂漠へ

 さて、その装置の出来ました5日後、ようやく私どもの一行14人は準備をすませ、出発する事ができました。その内、11人は親方の所から借りて来た屈強な神童子の若者たちで、後の3人は探険収集家であるミュール氏、私の助手のステファン、それに私でした。
 ダグラント砂漠では馬は使えないため、ジスから40日東に行った所にある、砂漠の手前のウヌルの森で2人の神童子に番をさせ、必要な荷物のみ台車に乗せて、それを9人の神童子たちが、代わりばんこに引いて行くという手筈になっておりました、この台車は、なかなかの優れものでして、下にソリがあてがわれているので砂に潜ってしまう事などありませんし、台車そのものにも魔加工が施されているのでしょう、相当重い物を積んで引いていてもほとんど疲れるといった事も無いといったものでした。台車の上にも荷物を熱気から守るために私たちの着ているものと同じ性質の布地が幌のように掛けられておりました。ただし、布地には人間用のマントとは違う種類の幻力がかけられていたようです。それは、人間の魂と他の物質の魂とではまったく違う成り立ちをしているからだと、うかがっております。
 神官の話では、人間の魂には火の気が混じり込んでいて、それがくるくると円弧を永遠に描き続けるそうです。しかし、単なる物質の魂には火の気はなく、途方もなく青い霧のようなものが渦巻いているそうなのです。その霧は神の存在に左右されることなく有り続けてきたとされております。私などには想像もつかない話ですが。

 そうして、私たちはすぐれた魔工品の力に守られて灼熱のような熱気に悩まされることもなく先に、砂漠の奥に進んでいっためですが、やはり、砂漠の熱気はすさまじく、神官のマントにも限界が来たのでしょう、荷台を引く7人の神童子も私たちもぐっしょりと汗まみれになっでおりました。
そのため神童子たちの体が干からびてしまわないように水結石を配って回らねばなりませんでした。
水分子を魔化学的に凝結した人工結晶体、少量の水分に触れた瞬間、高濃度の液体となる。口に入れた場合は唾液によってその反応が引き起こされる。その水分量は一粒につき、通常の水1・2リットルとされる。
 しかしながら、一番若い神童子のアーリーが急に狂ったようにうめき声を上げてぱったりと倒れてしまい、そのまま息絶えてしまいました。私たちにはなぜ彼が、死んでしまったのかまったく分かりませんでした。しかし、遺体を持ち帰る余裕などありませんでしたから、ただその体に砂を被せられるだけ被せ、彼の墓とすることにしました。ただし、彼の神官のマントだけはそっと脱がして、かなり参っている様子の別の神童子に着せてやらねばなりませんでした。その結果、二重の魔法により断熱する力が強まったのは良かったのですが、その副作用も倍になってしまったのでしょう、その男は激しく嘔吐を繰り返すようになりました。彼からマントを一枚脱がせる訳にもいかず、ほとほと困り果ててしまいました。
 ですが神官が持たせてくれた黄土病の薬が嘔吐に効果があるというのを思い出しましたので試しに、一錠飲ませてみることにしました。そうすると、いくらか息がしやすくなって胸のむかつきもましになったと言いますので、安心いたしました。
 しかしまた、私たちそれぞれもやはり幻術の紋の副作用である胸のむかつきを覚えていましたが、それはだんだんと耐え難いほどのものになってきました。それほどまで、副作用が強いとは聞き及んでいませんでしたので、全員軽い黄土病にかかっていたのかもしれません。本来、黄土病は南方の泥炭地に特有のものとされていましたが、ダグラント砂漠の砂も同じ様な毒性を持っていたのでしょう。その強力な毒砂がごく微量、防砂マスクを通り抜けて体内に入っただけで発症したのです。そういう可能性がありますので、全員が黄土病の薬を飲んでおく事にしました。
 足下は砂に潜り込まないようにカンジキ型の縁を付けたブーツをはいておりましたが、ミュール氏以外はそんな物をはいて砂漠を旅した事などありませんでしたので、20キロメートルも進まないうちにへとへとに疲れ果ててしまいました。まだ日没までは二時間余りあるはずでしたが、これから先のことを思うと、やはり無理はできず、今日はそこで天幕を張って休みを取る事にしました。
 ところで、都に居りました時に調べていた古代文書によりますと、ダグラント砂漠を東へ半月ほど行った所に、砂漠の砂が黄から赤へと変わる境目があるそうです。そして、そこから1週間地下へと堀り進むと、黒い川が現れその水を濾過することによって、強力な冷却力を持ったヒビ入り結晶を手にすることができると、記載されておりました。
 地上の砂に含まれるごく微量のヒビの砂は先ほど、天幕に入ってから実験をしてみたのですが、案の定、冷やす力をそれほど持っていない事が分かりました。黒い川が冷気の源らしいのです。
 このあたりに一つの難間がありました。その黒い川の水は地圧の関係からか、地上に汲み上げると自然に発火してしまい、その猛烈な炎はヒビ入り結晶を煮溶かしてしまうほどのものだそうです。遠隔操作できるような高度な炉過装置などありませんでしたから、誰かが地下へ降りて行って直接、濾過するしか方法がありませんでした。計画では魔化学に通じている私と、助手のステファンが下りることになっておりました。
 その晩、私は天幕の中で一人、灯をともし、昼の間に拾ってきた一粒の砂結晶をながめていました。特別に保存容器を一つ持ち出して、その中の台座に設置してきたのです。地表にあるヒビ入りの砂は1億粒に1粒といわれておりますので、そう簡単に見つかることはありません。しかし、ほんの僅かでも天幕の中に紛れ込んでしまいますと、真冬並みの寒さになって大変なことになってしまいますので、特別な工夫が必要でした。私たちの着ておりましたコート、ブーツなどは、ほとんど砂が付かない加工がしてありましたが、それだけでは不十分なので、大きな天幕の入り口の所に小さな防砂布の囲いを作り、風砂塵を設置しました。風砂塵はなかなか便利な魔法機械でありまして、風をほとんど起こさずに砂を自由に操ることのできる物です。本来は大きな砂嵐を巻き起こして、敵を生き埋めにするために作られたそうですが、今回は風量を最小にして天幕が砂の力によって吹き飛ばされないように気をつけながら、入り口の小さな部屋の砂の全てを一所に集めてしまおうという訳なのです。
(かぜさじん)高さ30センチ、底辺15センチ四方の直方体の鋼鉄製魔法機械。北方ルシャワール人が作ったとされる。この機械はルシャワールの西にあるテス砂漠のテス民族を侵攻時に使用されたと推測される。5年前にオーデルン隊が古都ルシャワールを発掘した時に発見された。
 その部屋のすみのフックに全員のコートを並べて掛けることにしました。天幕の性質はコートと似ているものでしたが、かけられている幻力はかなり弱い最低限のものでした。なぜかというと私たちの体、特に精神力はあまりに強い幻力には長期間、耐えることなどできないからです。
 そういうわけで、私たちは天幕の中で落ち着いて休むことができました。
 その晩、私は自分のために区切られた、ほんの僅かなスペースで先ほども申しましたように、顕微鏡で砂結晶体を覗いておりました。保存容器の上側に小さなガラスの窓がありまして、そこから観察できるようになっているのです。砂結晶体の中には絶対凍度の霧が閉じ込められていて、案の定エスモルック石から作られた永遠光ランプのうす責緑の光を当てると、共鳴するように結晶中の冷気が強く、青白い光を発し始めました。私はあまりの美しさに驚嘆して、時を忘れて見入ってしまいました。
「ルーファ隊長、入ってもよろしいですか。」
 突然、助手のステファンの声がいたしました。私は少々驚いてしまいましたが、
「ああ、いいともステファン君。」と、快く招き入れ、思い出したかのように咳払いをして、頭を少し振ったりしました。