ルーファ・オーデルンの手記

SFファンタジー中篇
著 岩倉 義人

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4 ミグルの狂気

 ダグラント砂漠の天幕の中で今、私の目の前にいるステファンは、5年前と比べて、すっかりと逞しくなっておりました。
「ルーファ隊長、どうかなされましたか。」
「ああ、何でもないよ。ところで君の方こそ何か用があったのだろう。」
私はまた少々、ぼっと目が青くなっていたようです。
「ええ、昼間見えていた蜃気楼の中にあった、砂漠の黄から赤に変わる分かれ目のことですが、その蜃気楼を光学分析した結果をもう一度、計算しなおしてみたのですが、だいたい350から400キロメートルぐらい離れていると思います。」
「ううん、それなら二十日もあれば行けるな。」
「ええ。」
「ステファン君、ごくろうさん。それじゃ、ゆっくりと休んでくれ。」
しかし、ステファンはうなずいたきり、そのまま床の敷物の隅の方を、押し黙ったまま眺めておりました。
「どうかしたのかね。何でも言ってみてくれ。」
「ルーファ隊長、今までにいろいろな所にご一緒してきましたが、今度ばかりは砂漠の、穴の中に降りていくのが怖くてしかたがないんです。僕のお父さんみたいに狂って、化け物みたいになって死ぬ方がまだましと思えて。」
「そうだね。確かに恐ろしいよ。私だって君と同じように思う。でも、同時に少し私はわくわくもしてるんだよ。昔の記録が正しいのかどうかだって確かめられるし、それに、そんなに恐ろしい穴の中に入っていける権利を持っているものなんて、そんなにはいないはずだよ。
 ともかく、どんな死に方をしてもたいして変わらないさ。」
そう言って、にやついている私を少々冷ややかな目でみつめながら、ステファンは、
「とにかく、何とかがんばるより、しょうがないですね。」
と、思い切ったように仕切りの幕をくぐり抜けていきました。
今考えると、彼はこれからの私たちの行く先のことを的確に感じ取っていたのでしょう。それを私は彼のお決まりの神経質さだと勘違いしていたのです。

 しかしながら、それから数日の間はあまり間題もなく、順調に一日25キロから30キロメートルずつ進んでいきました。しかし、砂漠に入ってから11日目に非常に厄介な出来事が起こり始めました。
 あまりに困難な状況で旅を続けてきたからか、隊の中の数名の者が幻覚と思われるものに悩ませられるようになってきたのです。体重が100キロは越える、巨漢の、あざらしのような神童子のミグルという男はもともとは内気で無口な性格でしたが、夜になると決まってわめき散らし仲間に対し言うに汚らわしい様なことを、平気でするようになっていました。
 しかたがありませんので、夜になるとミグルを縛り付けてから寝ることにしました。彼の話によりますと、仲間を彼の男根で突き刺さないと皆が張り裂けて死んでしまう、とか、「俺が救ってやるんだ。」とか訳の分からないことをわめいておりましたが、それは、耐えきれないような緊張と精神の負担を幻術のかかったマントや砂漠に流れる気違いじみた妖気から受け続けたからでしょう。そのために彼がもともと持っていたであろう異常性が発揮されたと考えられます。
 このことは縛っていても夜になった時のみ狂暴性をあらわにしていたことから説明がつくと言えるでしょう。夜になると人の精神の力は弱まるのです。
 都で私の隊に入れる神童子を選んだ時、精神の苦痛の許容量が多い者を集めたつもりだったのですが、やはりダグラント砂漠の妖気は尋常ではなかったようです。

 ジスには苦痛の許容値を調べる特別な、そして珍妙なテストがありまして、それをパスすると、このような恐ろしい砂漠への旅に誘われてしまうというわけなのです。しかし、自分たちがどんなに屈強だと信じていてもそれが返って仇となることも多いのです。私たちの状況もそれに近いものがありました。とにかく、その時は先を急がねばなりませんしどうしようもなかったのです。本当は私たち全員に休息が必要とされていたのですが、私は隊長としてそれをある程度無視しなければなりませんでした。もう少し限界にちかづくまで。
 またミグルの件は隊員を必要以上に不安に陥れていました。私も長く旅を続けてきましたが、こんなことは初めてでした。このような時は断固たる結論が隊長に求められるのが普通です。そして必要とされている十分なことを彼にはしたと私は思い込んでいました。

そしてとりあえず、ミグルだけは仕事をしばらく休まして昼間は幌を掛けた荷台の中で横にならしておくことにしました。二日程しますと、夜に縛らなくても暴れないようになりましたので、ひとまず、胸をなでおろしました。
 しかし、ミグルが狂ったのは砂漠の妖気のせいなどではなく、自分で勝手に狂ったのではないかと言うものや、ミグルのこっちを見る目つきが夜になるとおかしく思えて仕方がないと言うものもでてきました。
 ミグル自身は夜の事はまったく覚えていないと申しておりましたし、それが嘘とも思えませんでしたので、もし、もう一度ミグルが乱暴を働いたら、縛ることにすれば良いということにしました。
 しかし、その決定を不服に思う者がでてきました、シファーです。彼はミグルが狂ってからの三日間、夜に襲われ続けました。そして、仲間にそのことを言ったら殺されると自分で思い込んでおりましたので、そのまま黙っておりました。
 なぜ私たちはそのことに気付けなかったのでしょう、やはり、疲れ果てて泥のように眠りこけていたのです。シファーが自分の存在を脅かされているのを尻目に。
 それから、四日目に入り、ミグルは叫び声を上げながら、他の男をそのむちむちとした腕で絞め上げようとしたものですから、鷲いて飛び起きた他の仲間に押さえ付けられました。その後、彼を縛ることにした時の晩に一人でシファーは私の所へやってきまして、やっとミグルに襲われ続けたときの様子を語ってくれました、しかしながらその後、たいした罰を受けずにミグルが夜の拘束を解かれてしまった事を内心、苦々しく思っていたのでしょう、彼はミグルが自由になった次の日の朝方に復讐を、遂げたのでした。