6 死体探し
翌朝にはようやく砂嵐も止み、私どもはミグルを一人、天幕に残してマントを着込み、風砂塵を運び出しました。
昨夜、風砂塵に入れました命令文が表す、内容といいますものは、シファーが埋まっていると考えられる、天幕から1・5キロメートル以内の地域の砂を、いったん静かに、空高くへと舞い上げてしまうというものでした。
風砂塵の仕掛けを働かせてしまいますと、天幕のごく近くの所以外は5メートルよりも深い窪みになり、なにより舞い上がる砂に逆らって立っているのは不快この上ないでしょうから、私どもは天幕の外側に輪のように並んで、シファーの死体が顔を覗かせないかどうか、砂の霧の合間を必死に目を凝らしておりました。その、砂が天空へと音もなく吸い込まれていく光景を、眺めておりますと、なぜか急に不安な、息苦しいような気分になり、自分もシファーと同じように、光の中の塵へとなってしまいたいと願わずにはいられない、不思議な気分を味わっておりました。
それから、2時間ほどしますと、予定していた量の砂が、全て空中に上がり、空全体が薄暗く、黄緑色に光っておりましたが、地表近くは薄汚ない灰色に、縛り付けられておりました。
そして、天幕の周りから見ているだけでは、シファーの姿を見付けることが出来そうにない程、太陽の光が砂によって遮られてしまったので、私どもは3人ずつの組に別れて、巨大な砂の窪みの中に直接降りて、探すことに致しました。私は、ステファンと神童子の一人である、ミックと一緒になって、砂漠のためのかんじきを履き、その灰色の中を進んでおりました。
気温は、日が陰ってしまったために、うすら寒く、皮膚を刺すようになっていましたが、また、神官のマントが働き始めて、まったく何も感じなくなりました。
私どもの組のそれぞれが、そのような無感覚に近い痺れを味わいながら、歩を進めていきましたが、ついにその姿を認められないまま、砂の穴の縁に達してしまいましたので、そのままもう一度、、天幕の方へ引き返すことにしました。
天幕の前にはすでに何人か、神童子たちが戻って来ていましたが、皆、こちらを見ても、 ぼそぼそと生気無く話している様子からみると、やはり、シファーは見つかってはいないようでした。そして、チアとハクサの組がまだ戻って来ていないとのことなので、彼らの帰りを待って、もし見つからなければ、シファーの捜索はあきらめよう。そう、ミュール氏と話し合っておりました。
しばらくしてハクサが、その筋肉質の体を不器用に揺らしつつ、地平線まで続く灰色の霧の中から、転がるようにして息を切らし、最後は這うようにして天幕の私どもの所へ、たどり着きました。そのただならぬ様子を見取って、私とミュール氏は、少し顔を見合わせて、うなずき合い、一目散に駆け寄りました。
「いったいどうした、ハクサ。見つかったのか。」
ミュール氏は、倒れ伏したまま、息苦しいマスクを通してなんとか息を整えようとしている、ハクサの肩を激しく揺すぶりながら、詰め寄ると、ハクサは自分のマスクを引き千切り、恐ろしいような声で、吐き捨てるようにわめき立てました。
「ああ、奴を、シファーを見つけました。奴は気持ち悪いぐらいに焼け焦げていて、でも、生きているみたいにのた打っていて、とにかく、ご自分で御覧になってみて下さい。チアがそこで待ってますから。」
私は、携帯していた双眼鏡を腰から取り出すと、ハクサの来た方向を覗いてみました。そうすると、ほんの掠れるようにチアのマントの緑色が、揺らめいているのがわかりました。
「ミュールさん、行ってみましょう。お前は担架を後から持ってきてくれ。
それから、ハクサに水をやって休ましてやってくれ。」
少し遅れてやって来た、ステファンにそう言い残して、私とミュール氏は、チアの見えた方角に歩き始めました。かわいそうにハクサは余りに急ぎすぎたのでしょう、白目を剥いて失神しかけておりました。
少しずつ、急いで歩を進めて行きますと、遠くの方に、チアの炎が揺らめくように、マントが光を帯びているのが見て取れました。チアはまったく身じろぎもせず、想像もできないような恐怖に怯えているのか、死神に魅入られたかのようにその場に立ちすくんでいるようでした。
「チアの奴、大丈夫かな。わしには奴の方が気違いじみた亡霊に見えてきたぞ。ほれ、なぜこっちがこんなに手を振っても答えようとせん。」
確かに、ミュール氏や私がどんなに、千切れそうになるほど手を振って合図しても、全くチアの目には入っていないのか、何の反応もありませんでした。
「とにかく、行ってみましょう。」と、言うことしか、私には出来そうにありませんでした。
ようやく、チアの所にたどり着いて、ミュール氏は、屍の凍りついた腱の様に立って、小刻みに震えているチアの肩を、ぽんと軽く叩きました。すると、そのときやっとチアは、私たちが来たのに気付いた様子で、恐怖に打ち震えながら、こちらの方にゆっくりと頭を動かしました。
「ルーファ隊長、あれを、シファーを、奴を、見て下さい。」
そう、チアが呻いて指差した先の砂の中に、焦げ茶色をした、ねじくれた木の根の様なものが顔をのぞかせていて、その頭と思われるところには、真新しい小さな、直刀が打ち込まれているらしく、その柄の部分が鉄の十字架の様に、鈍く光っておりました。それを見てミュール氏は妙に満足したようにうめいきながら頷いて、
「やれやれ、奴も結局ミグルと同じになったわけか。さて、このナイフは君のかい。それとも、ハクサのかい。」
と、何でもないことの様にチアの方に向き直りました。チアは思い出したくもない、汚らわしいことを聞かれたようで、血を吐く様な震えをしながら、「僕のです、それは。奴を、ハクサと見つけたとき、もう、死んでるはずなのに、息をしていて、呻き声を上げていて、襲いかかって来そうなので、僕のナイフで刺しました。」
「わかったよ。もう何も言わなくても良い。君たちは疲れ果てていたんだ。別に見なくても良いことを見てしまっただけなんだ。ステファンが来るまで私が代わりにここで待っているから、ミュールさん、彼をテントまで連れていってあげて下さい。」
そうして、チアとミュール氏は天幕の方へと去って行きました。
それから私は、ミイラの様になった呪われたシファーを、もう一度よく見てみようと思って、そのひび割れた亡骸に歩み寄り、屈み込んだのです。それは、遠くで見ている時は、あまり醜いものではなく、焼け焦げた柳の切り株の様で、見た目にはなかなか面白いといった風のものでしたが、覗き込んでみると吐き気を催すような、それでいてまったく匂いもないものですから、そんなものは幻であって、息をそっと吹き掛けるだけで消えてしまう、悪夢に違いないと思い込まされてしまうような、気味の悪い肌触りの、代物でした。
しかし、その瘤のような頭に刺さっている、神官のナイフの、ひやりとした柄を引き抜こうとして握り締めたとき、黒く苦い石のようになっているはずのシファーが、微かに陣き声を上げたのを確かに聞いたように感じました。
私は、ナイフの柄を握り締めたまま、どうしてシファーが息をしているのか、と、なんとかして考えようと必死に頭を巡らせていましたが、確かにもう一度、彼が寝息を立てているように安らかな吐息を漏らしているのが、はっきりとわかりました。しかし、どのように考えてもシファーが、生き延びていることなどあるはずがありませんでしたので、そのナイフを目をつぶり、力一杯引き抜きますと今度は、その胸の心臓のところに突き立てようと致しました。
すると、シファーの頭のちょうどナイフが刺さっていたところの傷が、すでに干涸びているはずの血糊で、てらてらと濡れているのが見え、その中に簿黄色をした、蛇のようなうねりを持った何かがうごめいているのがわかりました。私は思わずナイフを取り落とし、後退りして、こう眩やいていました。
「シファー、これが君にとっての死かね。ふん、面白いじゃないか。」
そうして、無意識のうちに小型の火密石をつかった火炎装置を取りだし、焼き払おうと炎を、気が狂ったみたいにごまんと吹き掛けてやりました。
しかし、シファーは決して燃え尽きることはありませんでした。炎を弾く、魔法防護膜がかけられていたのです。それなら、膜を破ってやろうと電滋槍を打ち出す鉄砲を取り出して、狙いをつけました。
そして、打ち出そうとして、引き金を引こうとしたとき、私の肩を激しく揺さぶる者がおりました。
「ルーファ隊長、大丈夫ですか。」
「ああ、いまシファーの奴に止めを刺そうとしていたところだ。奴に命の可能性というものの限界を教えてやらねばならん。退いていろ、ステファン。」
「しっかりして下さい、ルーファ隊長、昔、僕のお父さんに起こった事と同じ事ことをするつもりですか。」
ステファンの顔は恐ろしいほど青ざめており、その青い目を見つめるうちに私は自分がなぜここにいるのかやっと分かりました。それから、私は何も言わずに鉄砲をしまい込みました。
それから、ステファンは私に、幻覚を解く魔法膜を被せてくれ、シファーの屍をもう一度、ゆっくりと冷静に眺めてみますと、最初に見た姿勢のまま上半身をうつぶせに砂の上に出していて、ぴくりとも動きませんでした。
「この砂漠はまったく、恐ろしい所だね。シファーの死体を見てもおかしくならないのは、ミュール氏ぐらいのものか。さあて、シファーを布でくるんで持って帰るとするか。」
「ええ。そうしましょう。」
ステファンの持って来てくれた、防温布でシファーを包み、担架に乗せて、天幕の方へ向かい、歩き始めました。
そして、天幕の前に着いてから、風砂塵の仕掛けを止めて砂を降らし、それからやっと天幕の中に入り、休みを取ることができました。その時にはすでに日が傾きかけていました。
その淡い光の中を砂が流れ落ち、ざあざあと大雨のような音を立てているのが天幕の中からも際限なく聞こえていました。
そして夜になり、あたりが暗闇に包まれてから、ようやく砂が落ち着いた様でした。それから全員でマントを着て外に出て、すでに黒焦げの炭のようになっているシファーを、もう一度、油をかけて火葬に致しました。その炎は異様に青く燃え上がりその中でシファーが、はぜる音を聞いていますと、私の血の内側で何かが狂おしく、暗がりへ沈み込
んでいき、また、シファーの腐りかけた吐息を嗅いだような気がいたしました。