ルーファ・オーデルンの手記

SFファンタジー中篇
著 岩倉 義人

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8 赤と黄の裂け目へ

 そして、それから私どもはミグルを台車に乗せたまま数日間砂漠を進みちょうどダグランド砂漠に入ってから、19日目に地平線近くに砂漠の砂が、黄から赤へと変わる境目が、蜃気楼上ではなく、初めて実際の存在として、望遠鏡を使うまでもなく肉眼で確認することが出来ました。
 その赤砂の光は、大気中にまで反響していて、その大地が出血したかのように赤い、鱗片葉は、今までの煤けた眠りに誘う黄砂と比べようもなく、私どもの精神を確実に狂わせようとして、目をつぶってもその姿を避けることができそうもない、しかし、その恐怖としか言いようのないものに向かって歩いていくのが楽しくなってくる、そういう種類の色でした。
 次の日になって無音の全ての感覚を奪うような、赤い光の中へ入り込み、砂の色の境目に、到達いたしました。赤砂は黄砂のようにさらさらとして、足が埋もれる程かもしれないと予想していましたが、やはり、都で調べた古代文書の通りに、土のようにねっとりとしていました。そして、穴を堀り、発掘するのは明日ということにして、もう一度、黄砂の地帯に少し引き返して天幕を張り、休みを取ることにしました。
 その日の夜のうちにミュール氏とステファン、私とで、どのように発掘を進めていくか、計画の確認をいたしました。
「まず、境目の辺りを30メートルまで、直径15センチの穴を、王冠鉄歯(おうかんてっぱ)の付いた小型掘削機械で掘り下げてみましょう。それから、もし空洞に達しましたら、カップほどの金属製ツルベがありますから、それを下ろして、黒い川の水が汲めるかどうか試してみましょう。でも、水を汲み上げたとき、には、恐ろしいほどの熱で火を吹くらしいですから気を付けて下さい。いくら神官のマントでもその火には持ちませんから。」
「それから、その火の水が出なかったら、他の場所を掘る訳だな。そしてうまく火が出たらその場所を神童子たちがシャベルで直接、掘っていくわけか。どうりで今回は腕っぷしの良い神童子がそろっていて、本当によかったよ。」
ミュール氏は、さも感心した風の顔をしながら、何度も頷いていました。
「こういう事を今から言うのも何なんですが、もし、試験的な掘削を一月、繰り返しても何もでなかったときは、あきらめて都に戻って他の方法を考えることに致しましょう。」
 ステファンの顔を覗きこみますと、また、何やら考え事に耽っているようでしたが急に踏ん切りが付いたように、
「いよいよですね。」
と眩いて、もう一度何かを待つように、夢の中の思考の暗がりへと踏み込んで行ってしまいました。

 夜が明けて、次の日の朝、その吸い込みたくもない、橙色をした霧の中に、王冠鉄歯の掘削装置を持ち出して、さっそく小さな穴を掘り始めました。その鉄歯といいますのは、金属の輪に矢じり状の鋭い、鉄で出来た歯が埋め込まれていまして、その歯と輪を人力の滑車で回して、土に穴を穿つのです。掘り出された後の土は、歯の後ろにある羽根で、地上へと送られる仕組みになっています。
 地面の土は予想よりもしっかりとしていて、風砂塵を使って土を深く掘り下げることはできませんでした。風砂塵は不思議なことにさらさらとした砂のみ自由に動かす事ができるのです。しかし、穴の中に崩れ落ちる土砂を防ぐことぐらいは出来るでしょうから、予備の風砂塵を外に据え置いて使うことにしました。
 それから最初の穴は、3時間ほど掘り続けて、やっと50メートルに達しましたが、何も、土以外は掘り出すことは出来ませんでした。しかしながら、これ以上深く掘ることは出来ませんし、参考にしていたジス図書館の文書の記録から考えましても、それより深くに黒い川があるということは、多分ないでしょうから、そこの場所を諦めて、少し離れた他の所を掘ってみることにしました。
 ダグランド砂漠の砂の赤と黄の分かれ目は、遠くから見ると一直線のように見えていましたが、間際にきてみると、約500メートルほどの振れ幅で大きくうねっていて、それが橙の霞みの中へと消えてしまうまでどこまでも不規則にのびていくようでした。しかし、これほどまでに、全く、黄と赤の砂が混じり合っていないとは、よほどそれぞれの砂が自分と同じ種類の砂を強く引き付け、他の色の砂を退ける妖力のような力を持っているとでもいうのでしょうか。

 その境目の下に流れているとされる、黒い川は、過去の文書によりますと、砂の色の境目と平行に流れているらしいのです。長い時間が過ぎるうちに、表面の砂が段々と移動してしまったのでしょう。仕方がありませんので、色々な所を掘ってみるしかありませんでした。大きく見ると、その境目のうねりは北から南へと流れていましたので、黒い川も南北方向へと通っているのでしょうか。
 最初に掘った穴は境目のうねりの一番東側に当たるところで、つまり、黄色い砂漠から10メートル、赤い砂漠の方へ入ったところということになります。そして、次の穴を掘る場所はうねりの西端の赤砂の砂漠の一番奥にしてみようと決めたのです。
掘削機械の王冠歯を回すためには、恐ろしく大きな背丈の半分ほどもあるハンドルを二人がかりで回さねばなりませんでした。その上に、神童子たちは身動きのしにくいマントを着ていたものですから、皆、へとへとに疲れ果て軽口を叩く余裕も無くなって、ただ、聞こえる音は神童子の荒い息づかいと歯車の動くときに軋る、腹わたを引き摺り出されるような不愉快な響き、それに耳鳴りを思い起こさせる砂漠の風の唸りだけでした。
しかし、その穴も限度まで掘り下げても、ぐずぐずとした汚らしい吐き気のする、砂と土以外は何も見つかることはありませんでした。もうすでに日は落ちかかっていましたので、今日のところは諦めて、天幕の中へと引き籠もる他はありませんでした。
 それから次の日にはうねりのちょうど、真ん中の辺りを掘り返してみましたが、やはりそこにも、黒い川は見つかることがありませんでした。そんな風にしてうねりの下のところのあらゆる所を満遍なく、一週間ほど掛けて、20メートルおきに穴を開けてみましたが、蟻が腐った動物の腹に穴を開けて喜んで内臓をほじくっている方がまだましとでもいうような、いら立たしさのみを食らうことしかできませんでした。私は誰でもいいから殴り付けてみたいような妙な感じを覚えつつ神童子の間に混じり、狂ったような疲れを体に感じながら王冠鉄歯の掘削機のハンドルを回したり致しまして、気を紛らわそうとしていました。
「こんなことなら、都で核熱鉄器の世話でもして全身、ぬるぬると油まみれにでもなっていた方が良かったですよ。」と、取っ手を回しながらミックは、あからさまに申しますものですから、
「多分、もう少しの辛抱だよ。こんなことばっかりしてたら、本当におかしくなりそうじゃないか。もっとも、ぬるぬるになりたくてもここじゃ無理だがね。君はミグルとでも抱き合って寝れば良いじゃないか。奴は恐ろしいほどの汗かきだからね。」
と、掘り続けていますと、急にがくんと手応えが軽くなりまして、真空を手で、つかもうとでもしたようになりました。拍子抜けしたミックはすてんと、腰を抜かしたように尻餅をついていました。穴の中からは明らかに今までとは違う、神経を痺れさし、霧の中へ体を溶かし込みたくなるような、おかしな、気を狂わせる、肌触りの香りが漏れ出ているように感じました。
私はミックと目を合わせながら、
「やったのかな。とりあえずツルベを持って来て、川の水があるかどうかためしてみよう。」と眩いて、頷きあい、天幕の方へと一緒に走りはじめました。
穴はちょうど31メートルの辺りまで掘られていました。位置はというとうねりの西の端から16メートル、赤土の砂漠の方へ進んだところでした。それから掘削機を慎重に引き上げてから、金属で出来た直径5センチ程しかないツルベを静かに降ろし入れ、ステファンは穴の中へと鉄紐を、送り込み続けました。しばらくして、
「何かの中に突っ込んだみたいです。引き上げてみますか。」
「気をつけろよ。ステファン君。外に出すと火を吹くらしいからな。皆、離れていろ。」
ぎりぎりと鉄紐を引っ張り、印を付けた長さに近づくにつれて、穴の真上に設置した紐を引っ掛けるためのやぐらから遠く離れて様子を見守りました。そして紐が穴の深さの分量に達した時、金属の器が勢い良く空中にぶら下げられているのを見ました。その器は最初、暗く、ぬらぬらとした黒い川の水に濡れて、滴っていましたが、その一瞬後には、熱を持った、恐ろしいほどの炎を、高く吹き上げて、金属の器が完全に煮溶かされて、とろける赤い心臓が、ぼとりと再び穴の中にその姿を戻し、見えなくなるまで火は、燃え続けたのです。
 その金属を燃やす炎を見て私は、思わずシファーの見えるはずもない幻覚の、こびりつくような赤黒い血を、その鉄の心臓の中に見た気がして、胸に吐き気さえ込み上げるのを感じました。
 その後、やぐらを取り外して、潜望鏡を差し入れて見ましたところ、やはり古文書の通りに、黒い川の脇の辺りには、小さな棚の様な出っ張りがあるのを確認することができました。その延々と続く棚に乗って、私達が参考にしている、テル火山にヒビ入り結晶を投げ込んだとされる魔化学者のイルヌーも、結晶をすくい取ったといわれております。
 そして、次の日からやっと、本格的な発掘を始めることができました。その時に、神童子たちが使っていたシャベルは普通のとは違う特別なもので、それを使って穴を掘る者の力を、馬のように強める幻力が、かけられておりました。一週間ほどの間、私とステファンは穴に潜る準備を進めつつ、十分に休みを取り、徐々に魔法防護膜をかけるための精神の高まりを作り上げておりました。
 そうして昼間に天幕の中で休んでおりましたところ、まだ傷の治りきってないミグルが、せせら笑うような目付きをしながら私に、話しかけてまいりました。
「ルーファ隊長、いよいよ穴に潜るんですよね。多分、俺とシファーを狂わせた黄色い蛆虫のような姿をした龍が、そこであなたを待ってますよ。」
などと、正気の沙汰とは思えない口振りで申しますものですから、
「それは楽しみだね。一匹捕まえて、もう一度、お前の腹にぶち込んでやるよ。まあ、お前の腹はぶよぶよとしすぎていて、住み心地がえらく、悪かったのかもしれんがな。」
と、ステファンとくすくす笑っておりましたら、
「俺の腹の具合なんてほっといてください。」
そうむくれて、ミグルはまた、毛布にくるまり、顔まですっぽりと覆い隠してしまい、腐り始めた白イルカのように小山になり、屁をこくような、いびきを無神経にかき始めてしまいました。