死の教徒、「スケンドル」 SF小説 : 著 岩倉義人

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4 クーネミュール学者ヨーカラインダー・ヘッザの日記
  光暦780年11月20日

 やっと今日検査の結果が出た。やはり彼女は「人間」だった。普通の意味での。もはや、私と彼女の間に隔てているものはなくなったのだ。
 最近になって接見室の中から、立会いの兵士が外に出ることが多くなってきた。すると、彼女は驚くべきことに私との筆談に応じてくれたのだ。
 私は彼女から様々なことについて聞いた。しかし、その全てをカリフに送る報告書の中に書くつもりはさらさらない。
 彼女は私たちの思うように呪われてなどいないのだ。ただ、彼女たち自身の神への愛がそのような形で表れているにすぎない。
 一番うれしいのは彼女の本当の名前を知ることが出来たことだった。
 彼女は私のノートにサレクス・リクセルと小さく書いた。私はそのすぐ下にヨーカラインダー・ヘッザと書いた。彼女の目は暗いくぼみになっていたし、表情もあるはずはなかったが、私には彼女が笑っているのを感じた。
 私はその後、ノートに「あなたはどうやって世界を見ている?」と書いた。
答えはこうだった。「スケンドルの目を通して見ている。」
「スケンドルとはあなたの子宮の中に納まっている胎児のことですよね?」
「そうです。お腹の中にいたら、外が見えないと思ってるんですか?
あなたは医者でもあるんでしょう。胎児がお腹の中にいても外の世界のことを手に取るように知っているのは当然だと思いますが。
 私たちはお腹にいるスケンドルの目を通して世界を見て、彼らの脳を使って考えているのです。聞かれないうちに答えますが、魂は脳の中にいるわけではありません。だから、私は元の脳みそを取り出しても私自身なのです。
 だから、スケンドルに体を乗っ取られているわけでもなく、私たちは私たち自身であるのです。
 むしろそうであるために、元の脳みそをスケンドルに捧げたのです。
 その結果こんな風に頭だけは骸骨になってしまいますがね。」
 彼女はそう書いて静かに微笑んでいた。
また、こうも教えてくれた。そういった理由でスケンドルを宿せる者、つまり子宮を持つ女性だけがスケンドル教徒になる資格を持っていると。

 私は彼女を見ているうちに、ずっと前に他のスケンドル教徒に会っていたことを突然思い出した。私がほんの小さな子供だったときだ。私は確かその時一人で森の中でふらつきまわって遊んでいた。その森の中には危険な動物がでるから、近づくなと親に言われていたのにかまわなかったのだ。
 その恐ろしい生き物とは今思うとスケンドル教徒のことだったのかもしれない。しかし、私のすぐ近くにいたのはまったく別の生き物だった。それは、木の葉っぱの塊にそっくりな形をした一種のドラゴンだった。そうやって擬態して、獲物が通りかかるのを待ち構えていたのだ。ドラゴンは木の皮にそっくりな長い首をすばやく動かして、私の右足に食いついた。
 私は叫び声を上げる暇もなく、木の上に引っ張りあげられていた。
私の目の前には宝石のような緑色をしたドラゴンの目玉が輝いていた。
 私は吹きかけられる息から無意識に顔を背けた。せめて自分の腹が食い破られるのを見たくはなかったのだろう。すると、奇妙なことにすぐ近くの木の梢のところに人が浮かんでいるのが見えた。その人は静かに右手をこちらに差し出してきた。その人がしたのはただそれだけだった。そうなのに、その瞬間、緑の葉のドラゴンは事切れていた。私はなんとかしてぐったりとしたドラゴンの口から血まみれの足を引き離すと、その反動で地面に落下した。
 私は頭を打って倒れていた。そして意識を失う前に心配そうに近づく人影を見た。宙に浮かんで私のことを助けてくれた人だ。その人のマントのフードの中にある顔を思い出すことは出来ない。ただ、恐ろしく奇妙だったのだ。しかし、それでいてその人から逃げ出す必要はないのはなんとなく分かっていた。

 今考えて見るとその人はスケンドル教徒だったのだろうと思う。
私はそのことをサレクスに伝えた。しかし、彼女はなんとも答えてはくれなかった。彼女のことを当惑させてしまったのかもしれない。

 私は何度かその後も彼女と会ううちに、彼女が最も残念に思っていることを知った。それは自分自身が処刑されたとしても、今、子宮の中にいるスケンドルを彼女たちの聖所に返したいということだった。スケンドルは今極端に不足しているらしかった。スケンドルは自発的に出産されることはないのだが、人工的に取り出して使いまわすことはできるらしい。
 それは光量子の教徒によってたくさんのスケンドル教徒が捕らえられ、殺されているからだった。
 私はカリフの紐を解いて彼女を逃がそうかと悩んだ。しかし、そんなことをしてもすぐに光量子の兵隊たちに捕まってしまうのは目に見えていた。スケンドル教徒たちにはその命を奪う不思議な技で兵士たちを殺すのは、出来なくなってしまったのだ。だからこそ、彼女たちは安々と兵隊に捕まってしまう。
 どうやってスケンドルの死の技を兵士たちが逃れているのか私には分からなかったが、おおよそ見当がつく。彼らは彼ら自身の魂を光量子の炉の中で変質させてしまっているのだ。だから、普通でない魂を握りつぶすことがスケンドルには出来ないのだろう。
 しかし、サレクスを助けるのは不可能としても、せめて彼女が大切にしているスケンドルを生き延びさせてやりたかった。だから、私は手術を受けることを決心した。
 K・S・T協会に明日向かおうと思う。いくら光量子の兵士たちの鼻が利くとは言っても私の体の中までは調べられないだろう。私の体の中にこれから植えつけられる秘密の器までは。

*以上が11月20の日記である。
彼がサレクスと交わした筆談の一部が破りとられて、彼の日記に糊付けされていた。その黄色に変色したぼろぼろの紙切れにはかすれたインクで「サレクス」または「ヨーカラインダー」という彼らが名前を明かしあった時に書かれたものが残っている。
 私たちにとって一番残念なのは、筆談で交わされた会話の書かれたノートがそれ以外に現在にまで残されていないということだ。多分ヨーカラインダー自身がどこかに捨てたのだろう。それとも、ダラッキがまだどこかに隠しているのかもしれない。
 彼はそんなものはなかったと言い張ってはいたのだが。
 次に日記が書かれるのは二週間後のことだ。
 彼のこの日記の最後が近づきつつある。
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