狂蝶紅花 サイエンス・ファンタジー短編 著 岩倉義人

1 スライド授業

「みなさんは狂蝶紅花という不思議な生き物をご覧になったことがありますでしょうか。私は彼らほど奇妙な生き物を他には知りません。
 一見したところ、それは単なる小柄な樹木の一種だとしか思えないでしょう。確かに彼らの体の本体である木の幹や葉などは普通の植物となんら変わるところはありません。
 しかし、彼らの生殖器である花は違っているのです。」

 先生はそう言って、暗闇を透かしてダクエ・コーマネール達のことを見た。それからすぐに背中を向けるとスライドを送るスイッチを押した。  すると、スクリーン一杯に赤く潤んだ肉の塊りが映し出された。それは本当に花なのだろうか? 何枚もの花びらは赤く光っていて、それでいて、今にも動き出しそうだった。ダクエはそれを見て自分自身の内側を覗いている気がして、気分が悪くなりそうだった。

 本当にあともう五分その画像を見せられ続けられたとしたら、彼女はその部屋から抜け出さないといけなくなっていただろう。しかし、先生はこう早口で付け加えてすぐに次のスライドに送った。

「この花は生きています。植物としてではなく、昆虫として。
しかし、その一匹ずつの意識は木に咲いているときは眠らされています。そして、その花が散る瞬間になって初めてその意識は乱暴にたたき起こされるのです。
それで、空中で初めて目覚めたその蝶は懸命に羽ばたき、身を休めるところを探します。だけど、彼らは足を持っていないため、木や草に止まることが出来ません。
それで、力を出し尽くすだけ飛び続けると彼らは地面に身を投げるのです。
 最後に、彼らの死体から植物の芽が姿を覗かせます。狂蝶紅花の芽です。
 呪われた種は死体が地面についた瞬間を蝶の腹の中で待ちわびていたのです。
 この奇妙な生き物を皆さんはどう思われるでしょうか?
 彼らは植物でもあり昆虫でもあるのです。そのことはその蝶を解剖してみればすぐにわかります。彼らは花の器官である雌しべや雄しべをちゃんと持っています。しかし、神経系統や内臓は昆虫のものとそっくりなのです。
元は木に蝶が寄生していたのでしょうが、何が彼らに普通は起こりえない親密な関係を起こさせたのでしょうね。」

 次のスライドがその蝶が解剖されているシーンではなくてダクエはほっとした。ラルス・マケライドス先生の白衣は暗闇の中でもぼんやり光っていたけれども、背中には真っ黒く見えない長い染みがあった。彼女の長い髪の毛は暗闇の中ではそう見えたのだ。その細長い穴を見ながらダクエは先生はなぜあんなに気持ちの悪い奇妙な生き物が大好きなんだろうと思った。

 そうして、他の色鮮やかな花々や壷のような形の食虫植物のスライドが次々と映し出されるのを、ダクエはうつろな気持ちで見ていた。辺りを見回すと他の生徒たちはペンライトをつけて先生の言っていることを一言も逃さないようにノートに書きなぐっていた。そのかさかさいう音を聞きながら目を閉じると、枯葉をネズミがかき回しているみたいに聞こえた。しばらくしてチャイムが鳴った。

 部屋中の蛍光灯が点けられ、ダクエは真っ白な世界に乱暴に投げ出された気がした。
 それでも、ダクエの目の中に残っている奇妙な蝶の姿は消えることは無かった。

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