魔法国消滅 ファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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6 希望と束縛の泉

「私は一体どうすれば良いのだろう。
 そうだ。向こう側へいこう。そうすれば、もう一度ケリーノ・リナクリーに会うことができるかもしれない。彼女にもう一度だけ謝らなくてはいけない。
 こちら側から向こう側へ。
 恨みのあるものを打ち壊し、ドアを釘付けにし、悲しみに魂を捧げ、キチガイの血を彼女にあげよう。そうすればきっと彼女はもう一度私に口付けしてくれるはずだ。
 そうでなければ、私はリナクリーを許さない!」
 ラカの歩く足跡は不思議に銀色に光っていた。暖かい氷の湖の波打ち際には砂浜があって、その白い砂はちくちくと彼女の裸足の足の裏に刺さった。針のような砂だった。
「こんなとこを歩いていてもリナクリーに会えるはずないのに。」鉛のように彼女の足取りは重かった。湖の氷はとっくに溶けてしまっていたから、ささやきのように波の音が微かに聞こえていた。その音さえも彼女には自分を責め立てているように聞こえた。
「耳をもぎ取って捨てれば、もう何も聞かないで済む。そうすればあの人も許してくれるかな。」ラカはそれに続けて奇妙な詩のようなものをうわ言のように呟き続けた。
「カゲロウたちは言った、回り道、見つけて、全ての形を打ち壊し、見つめられていた瞳は蜜の中、集まり始めたアリは踏みつけられて追っ払われた。」
 ラカは波打ち際で一人でくるくる回ってダンスしていた。そうしてるうちは自分を責め立てているものから逃れられそうな感じがした。幻から解放されるためには自分の心の目を有り得ないものへ向けておく必要があったのかもしれない。
「そういえば私たちって、魔法を捨てた今の方がほんとの魔法使いみたい。
 夢の中に住まなくてはいけないなんて。」
そう思うとラカはおかしくなって笑った。笑い声はさざなみの音としばらく溶け合ってなかなか消えなかった。その奇妙な音を聞いてラカははっとした。
 誰かにその声を聞かれた気がした。
「グ・セルマルグだろうか。彼はまた私のことを馬鹿にするかもしれない。でもグ・セルマルグって一体誰だったんだろう。そうだ、あいつは誰でもなかった。
 あいつは私のおかげで誰かになれたのに、そのことを感謝しようとしていなかった。
 あいつは殺されて当然だったんだ。
 産まれたものの死。
 それは産まれなかったのと同じことだ。」
 ラカはなんだか全てが馬鹿らしくなってきて、いつの間にか湖の水面にぽっかり浮かんでいた。それで空を見上げて思った。空だけはまだ青さを保っている、と。
 そのまま出来る限り浮いていようと考えていた。そうすれば気づかないうちに全ては終わる。
「希望と束縛か。
 私がこの湖に初めて来たとき、まだちゃんと氷が張っていた。それで前の女王の死体から取り出した白い石が私の体の中で機能しているかテストされたんだ。
 それでもしリナクリーと交感できなかったら、私はカイナルの炉の中に打ち捨てられていただろう。リナクリーが私のことを愛してくれたから私は生きていることが出来た。
 それなのにリナクリーはもういない。
 そうだ、リナクリーは私たちに囚われていた。ずっと痛めつけられていたんだ。
 でも彼女は私たちのことをずっと見つめ続けてくれていた。
 だから、彼女にとってもこれで正しかったんだ。」
 そこまで考えてラカはやっと分かった。リナクリーが見つめてくれていたからタミフーバルの人間たちは存在することが出来た。人間はリナクリーを束縛する鎖そのものだった。
鎖は縛り付けるものがなくなってしまっては存在する意味がなくなるのは当たり前だ。
 だからもう一度縛り付けるものがありさえすれば、彼らは戻ってくるんじゃないだろうか。そんなおかしな考えがラカの中に浮かんだ。何かのきっかけさえありさえすれば。
 それがラカの中でうっすらと希望の形になり始めた。ずっと湖に浮かんでいたから彼女の体は冷え切ってきた。そのまま終わるまで放っておいてもよかったが、彼女はそうしたくはなかった。何が起こったのか知らなければならない。
 岸辺に上がった彼女を待っていたのは思いがけないものだった。
 だが、それを見ても彼女はちっとも驚いたそぶりを見せなかった。
 それは巨大なリナクリーの死体だった。

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