魔法国消滅 ファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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3 引き裂かれた蜘蛛の巣

 ラカは寒くてしかたがなかった。何かふわりとしたやさしいものが体を締め付けて動くことが出来なかった。もう動く必要なんてなくなってしまったのになんでだろう? 
 これ以上囚われるなんていやだ!そう思ったラカは激しく手足を動かした。
 しばらくして爪が何かやわらかいものを引き裂いたのを感じた。急に自分を覆っていたとばりの全てが取り除かれた。でも明るくて何も見ることが出来なかった。ただ彼女は今までよりはいくぶんましな空気を貪るように吸った。
 そしてかすれた声でうめいた。「一体何をしに私は生まれたんだろう。こんなとこに閉じ込めやがって、ぶっ殺してやる!」と。
 それでもその声の響きが止んでしまうと、想像以上に静かなのが分かった。一体ここはどこなのだろう。いくらか冷静さを取り戻したラカは自分の体が横たえてあった場所に座った。それはひんやりとした石の感触をしていたから、とてもベッドだとは思えなかった。
 ラカは自分がなんだか祭壇に捧げられた果物のような感じがしてきた。石の上に並べられたリンゴたち。彼女はそんなことを思い浮かべながら辺りの眩しい光に目が慣れるのを待った。あたりにうっすらと消毒薬の香りがしているのが妙に気になった。
 最初に見えてきたのはさっき彼女の息を詰まらせようとして引き裂かれた布だった。それは綺麗なレース編みで出来た白いビニールだった。どこかでその布を見た気がしたがすぐには思い出せそうになかった。
 蜘蛛の巣のような人工の布。彼女はその布から抜け出すと、石の台の上から降りた。ずいぶん長い間その硬い台の上に寝かされていたのだろう。体が強張ってうまく立つことが出来なかった。ふらつきながら、何か支えになるものを探した。
 すると、彼女が寝ていた台のすぐ隣にも同じような石の台があるのに気がついた。そしてその台にもレースの布が掛けられていて、その布はなだらかに膨らんでいた。その中に人が包まれているのだろう。その人はじっとしていて動かなかったから眠ってるのだろう。
 ラカはその人を起こして何が起きたのか聞こうと思った。
 レース越しに見るその若い男の顔は少しだけ青く見えて綺麗だった。彼女はレースの隙間から手を差し込むとその男の手を静かに握った。手は石の台と同じくらいに冷たかった。
「死んでる、このひと。
そうかやっと分かった。私は死んだからここにいるんだ。
 ここは死体安置室。タミフの国の中でもっとも明るく照らされる場所。光によって死体を浄化するために。」
 魔法の力がなくなっても機械のからくりの力は無くならなかったらしい。真っ白な強い光のランプが極端に清潔な光を放っていた。
「とにかくここから出なくちゃ。私は一度死んで、そして蘇った。
 なぜかは分からないけど。」
 辺りを見回すと、その若い男の死体以外には誰もいないことが分かった。番をしているものは、多分部屋の外にいるのだろう。
 死体安置室の扉は分厚い鉄で出来ていた。開けようとしたが、外から鍵が掛けられているらしく、びくともしなかった。ラカはその扉を出来る限りの力で叩いた。
「開けなさい!早く!
 私はまだ、生きてんのよ!」
そうすると彼女の左手に激痛が走った。「そうだ、グ・セルマルグの銃で手を打ち抜いたんだっけ。」彼女の手の傷口を覆う布には見覚えがあった。それは彼が着ていた魔法衣の切れ端。「彼は包帯なんか持っていなかったから、自分の服を切り裂いて包帯の代わりにしたんだろう。彼は魔法衣を何よりも大事にしていたのに。
 魔法の力があったときには傷口縫合の呪文を唱えればすぐに済むことだったのに、その力は永遠に失われてしまった。」
 彼女はあまりに痛くて、床に座り込むとその布を顔に近づけて臭いを嗅いだ。微かだが彼の臭いがまだある気がした。大丈夫さ。もう少ししたらまた、彼に会える。
 そう自分に言い聞かせて、助けが来るのを待っていた。
 彼女が扉を叩いた音は塔中を響き渡っただろう。それを聞いて死体が蘇ったと騒ぎになるかもしれない。彼女は慌てふためいて家臣たちがやってくる姿を想像して少し笑ってしまった。
 しかし、いつまで待っていても誰も近づく足音さえしなかった。この塔の中には誰もいなくなってしまったんだろうか。彼女の中にとても嫌な予感が起こった。このまま、ここに閉じ込められていたら、本当に死んでしまうだろう。
 なんとかしてここを抜け出さないと! ラカは出来るだけ体を硬くすると鉄の扉に体当たりした。こんなことをしても無駄かもしれないなんて考えもしなかった。
 何度かぶつかっていると、頭蓋骨が潰れそうになっているのを感じた。問題は自分の体が完全に壊れるのが先か、それとも扉が根をあげるのが先かということだった。
 もうだめだと思ったとき、彼女はいつの間にか部屋の外に倒れていた。
 寝転んだまま見上げると自分が今まで閉じ込められていた死体安置室の真っ白な光が、暗い廊下に染み出して来ているのが見えた。彼女はそこにもう戻らないと決心した。もうしばらくの間だけかもしれなかったが。

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