5 鱗をまとった幻たち
「風の中、隠された魂を胸に秘め
血の宝石の散りばめられた戦旗を掲げ、
沢山のカゲロウたち、自分のかけらをさがして
洞窟の中。
見つからない自分たちの影は竜に喰われたあと
自らの血を使って印を描き、
かけらを使って縛りつけ、
あることとないことを取り換えた。」
ラカはそんなでっちあげの歌を微かに呟きながら、町の中をふらつきまわっていた。見ている世界はまるで夢の中のように綺麗だった。ところどころ虹色にかがやく水晶の町は彼女が何度も夢見た光景だった。
彼女はどこもかしこも真っ黒に塗りたくられた町が今まで嫌いでしょうがなかった。
「だから夢がやっとかなった。薄汚れた、醜い魔法使いたち。彼らの姿も消された。殺された、殺された。」
そこまで言って彼女は自分の頭の中で声がするのを感じた。
「誰のせいで死んだと思ってるんだ。
お前がちゃんと決心しないからこんなことになったんだ。竜に全てを殺させたのはお前だ。そうだお前が殺すのを望んだんだろう。
お前はやさしいふりをしていただけだ。
お前は誰よりもやさしいふりをしていただけだ。」
グ・セルマルグの声だった。
周りを見回してもやっぱり彼の姿はなかった。そのことを少しずるいなあと思いながら、彼女は少し微笑んで答えた。
「そう。私が殺した。
私が望んで殺させた。
私が全てが死に絶えるのを望んでいた。
真っ黒な火は私の誇り
逃げるものは全て死に、
微かなかけらは胸の中
カゲロウの牢屋にとじこめられた
隠された魂たちは踏みにじられた。」
彼女の目にはいつの間にか少しだけ涙がうかんでいた。もう誰にも見つかることはないのだから思う存分なけばいいのに二、三滴で涙は枯れ果てていた。
彼女はいつの間にか町の外れにまで来ていた。
そこの壁は崩れていて、小さな空き地になっていた。
真っ白になってしまったさまざまなゴミくずが散乱していた。いつもなら悪臭が漂っているはずだったが、今日は全くの無臭だった。
その空き地の隅っこのところに彼女はうずくまると自分の膝を抱えて出来る限り小さくなろうとした。そうやって努力していれば、自分も消えてしまった人たちのもとに行けるような気がした。でも彼らはそれを許してくれるだろうか。いいや、そんなことは絶対無いだろう。
彼女はやっとなぜ自分だけが生き残ったのか分かった。彼らが自分に罰を与えたのだろう。彼らが彼女から死と消滅を奪ったのだ。
そう思うと彼女はあまりに苦々しく、全ての人を憎んだ。しかし最も憎かったのは全てを消し去った自分だった。それでも、今更自分に死を与えても誰も許してくれないだろうから、彼女はどうしたらいいか分からなくなって、そのまま膝を抱えて座っていた。
建物から伸ばされる影の形は細長くなって、だんだんと夜の闇が近づいてくるようだった。だが、相変わらず町全体が白く光っていたから夜になっても真っ暗にはならないだろう。
そうぼんやり考えながら塀の隅の角を眺めていると、ラカは不思議なものを見た。とても小さな火の玉が浮かんでるのかと思った。その小さな火の玉は真っ赤で久しぶりに赤いものを見たので彼女はうれしかった。しばらくして火の玉は3つに分かれた。
その幻はもうすぐ消えていってしまうだろう。それが少し悲しかった。良く見ていると火の玉は良く見慣れたもののかたちをしているのに気がついた。
それは小さな金魚だった。
余りにもそんなところにいるのがおかしかったから何の姿か分からなかったのだ。
彼女は金魚に手を触れてみようと手のひらを差し出した。水の中にいるのと同じようにすいっと逃げるだろうか。しかし、金魚は逃げなかった。彼女の手は金魚を突き通って向こう側にあった。それでも金魚はかまわずに静かに空中を泳いでいた。
手が触れた瞬間だけ金魚は半透明になっていた。
「金魚の幻、金魚のたましい。」
そう彼女が呟くとその小さな火の玉のような幻は驚いたのか姿を消した。
ラカはそれを見てやっと自分の国に起こったことの重大さをはっきりと実感した。
彼女はふらふらと立ち上がるとどこかに歩き始めた。
早く金魚たちのもとに去りたかったが、一体どこにいけばいいのかやっぱりわからなかった。
どうすれば許してもらえるのかが分からなかった。