4 透明な世界
死体安置室を出て、一歩ずつ階段を登って行くと彼女の中に怒りが込みあがってきた。「あいつら、なぜ私がもう死んだと思ったんだろう?
多分あいつらは私のことをほんとうに殺す気だったんだ。
そんな奴はたとえ誰であったとしても全員ぶっ殺してやる!」
彼女は拳を握り締めると壁を殴りつけた。塞がっていた傷からまた血が滴り始めたがそんなことは全く気にならなかった。ただ彼女の怒りをぶつけられる誰かを探して彼女はうろついていた。そんな姿をラカは今まで誰にも見せたことがなかったから、衛兵たちは彼女を見つけたら本当に気が狂ったと思ってしまうかもしれなかった。
多分彼女はそうやって驚く人の姿を楽しみたかったのだ。なんせ死んだと思っていた人が生き返ったのだから。
彼女はそうやって自分の中の怒りが覚めてしまわないように気をつけながら、死体安置室の上の階の衛兵の部屋を覗き込んだ。
しかし、見たものは意外な光景だった。この部屋には誰もいないようだった。
部屋の中には静かな朝の光が窓から差し込んでいた。そしてその光は彼らが夜食に食べていたサンドイッチの皿の上や新聞の切れ端の上をふわふわ浮かんでいた。
どこかで騒ぎでもあって全員駆り出されていったのだろうか。
その割には辺りはとても静かだった。
何かがおかしかった。彼女はその部屋をでると、別の部屋を覗いた。そしてその後、光に満ちた塔の中をふらふらと夢遊病のように歩き続けた。しかし、どこにも誰もいなかった。
その巨大な塔はタミフーバルの中でも最も大きなものの一つだったし、沢山の市民が生活してるはずだったから、ラカが経験したことはとても奇妙だった。
いつの間にかどこかに全員避難したんだろうか。また恐ろしい魔界の生き物が姿を現して毒の息でも撒き散らしたのかもしれない。そんなことぐらいしか思いつかなかった。
しかし、それならば一人や二人逃げ遅れて倒れている人がいても不思議ではなかったのだが。彼女はまるでかくれんぼの鬼にでもなった気分で塔の中を探して回っていた。かくれんぼをしてるとき、隠れている人が全員自分のことを放っておいてどこか遠くの見つからないところに逃げてしまったときのような感じがした。
探しながら一番下の階から順番に上に登るうち、だんだんと嫌な予感がしてきた。何かとてつもないことが起こったのだいう予感だった。
彼女はその予感が何であるのか分かりたくなかった。実際何が起こったのか本当は心の中で知っていたのにも関わらず、彼女はそれを無視したかった。
ラカはいつの間にかその塔の最上階にたどり着いていた。普通の塔の天辺がよくそうなっているように、この塔の最上階も見晴台になっていた。彼女はたまにそこからの景色を眺めるのが好きだったから、今日も何気なしに遠くを見下ろした。
彼女の好きだったタミフーバルの景色をもう一度眺めればもう少し気分が落ち着くかもしれない。しかし、ラカはその光景に息を飲んだ。もう一度瞬きをしてから見た。彼女の下には複雑に入り組んだ都市の姿があった。そこにはとても美しい白い光が満ちていた。そそり立つ塔や迷路の様な町の壁は朝の光に真っ白に輝いていた。
ラカはとても綺麗だったのでうっとりそれに見とれていた。
だが、それが変だったのだ。彼女の国の全ての塔や街路は真っ黒な黒曜石で埋め尽くされていたからそんな風に見えるはずがなかった。
彼女は備え付けてあった望遠鏡を覗きこんだ。
良く見ると全ての町の壁は白に近い半透明をしていて、ところどころ虹色に光っていた。それは殺された竜であるケリーノ・リナクリーの色にそっくりだった。
彼女は長い間望遠鏡を覗きこんでいたが、また誰も発見できなかった。
もうみんなどこかに避難したのだろう。などと思わなかった。彼女はこの塔を歩き回っているうちに自分が感じ取ったことを口にしてみた。
「聞いてリナクリー。私があなたを殺したとき、あなたはそれを静かに受け入れてくれた。私だってそう。
私だってあなたの死をちゃんと受け入れた。そうできたと思ってた。
だけどあなたは私が殺したことをやっぱり認めてくれなかったのかもしれない。
これが私があなたにしたことの代償なのね。
やっぱりあなたは私たちを滅ぼした。
もう私たちはどこにもいない。」