狂蝶紅花 サイエンス・ファンタジー短編 著 岩倉義人

5 ペニ・ウインスル

 ペニは急に息が出来なくなって目を覚ました。彼は悪夢を見てたまにそんなふうに目を覚ましたりするので、またかと思って顔を手のひらで拭った。
 すると、手が口のところで何かの冷たい塊りにぶつかった。長い鉄の棒のようだった。そしてそれは、強く口の中に押し込まれたので吐き気がしてあえいだ。

 まだ夢から覚めてないらしかった。もう一度彼は目をつむると、これは夢なんだ早くさめてしまえと叫ぼうとした。しかし、鉄の棒で舌が押さえつけられていたので、意味の分からないわめき声しかだせなかった。
 やっとのことで、うっすら目を開けると自分の寝転がっているベッドの上にちょうど自分に覆いかぶさるように、見慣れない影が浮かんでいるのが見えた。
 その影はゆっくりと楽しそうにささやき始めた。

「ペニ。あなたはいつもそうやってもがいているのね。もうその必要なんてなくなったのに。私は下らないあなたに縛り付けられているのをもうやめにしたの。
 それにあなたはあのかわいそうな蝶を殺させた。
 だから、私はあなたを殺さないといけなくなったの。
 あなたなら分かるわよね?
 私の言っている意味が。」

 ペニは窓から差し込んでいる街灯の光でうっすら透かしてやっと自分の口に差し込まれているものが、ダクエ・コーマネールの銃であることを理解した。
 彼女はどうも自分の事を殺しに来たらしかった。夢の中で誰かが殺しに来たときには、本当に怖くていつも動転してしまうのだったが、実際にこうやって殺されそうになってみると奇妙に落ち着いていることに気がついた。
 急に別になにもかもどうでも良くなってしまったのだ。自分の下らない人生をこうやって終わらせてくれるなんて、なかなか気が利いたやつだとさえ思った。

 ダクエに最後に一言お礼を言ってやっても良かったが、口の中に鉄さび臭い棒がこうも強く突っ込まれているとなれば、なんとも言えなかった。ただ、彼はベッドの上で寝転びながら最後の瞬間を待ちわびていた。

 それにさっきから頭がずきずきしだしていた。多分彼女に殴られるかどうかしたのだろう。そのせいか体をほんの少しも動かすことができなかった。
 もしかすると、あのいかれた蝶も同じような気分で偽物の花びらとなって木からぶら下がっていたのかもしれないなと思えた。ただ無力で死を待つだけの生き物。
そうすると、またダクエがしゃべり始めた。暗闇の中にいる彼女が今までで一番きれいなような気がした。そうだ、奴は暗闇にずっとこれからも捕らわれていればいいんだ。

「蝶が死んだ時、私自身が死んだ気さえした。私は今までずっとあなたに殺され続けて来た。だから、私の中にある死をあなたに返すわ。それはあなたのものだもの。」
 彼女がそうつぶやいた後、ペニのあごに衝撃が走った。撃たれた瞬間ペニは目をつぶってしまった。そうしてしばらく経ってから不思議なことに気がついた。また目を開けることが出来たのだ。口に突っ込まれていた鉄の棒は今はベッドの上に転がっていた。そしてさっきまでその棒を握っていたダクエの姿が見えなかった。

 ペニは勢い良く起き上がると、彼女の銃をつかんだ。多分さっきのあごの痛みは彼女が急に銃を放したから起こったに違いなかった。振り返ると窓辺に、ダクエが亡霊のように立っているのが見えた。彼女は逃げようとしていた。ペニはその姿を目掛けて銃を構えるとためらいもせず引き金を引いた。

 しかし、銃はなんとも言わなかった。なんて馬鹿な女だ。殺しに来て銃に弾を込めるのを忘れたなんて。あぜんとしているうちに彼女は窓から外に出てしまった。ペニは震える手で自分の部屋の棚にある銃弾を探しだして入れた。
 だが、彼はまた気分が悪くなって気を失ってしまった。さっき彼女が殺そうとしていた時には彼女が自分の事を大切に思ってくれているのがはっきり実感できた。それなのに、彼女は最後までやり遂げることが出来なかったのだ。ペニは薄れていく意識の中で彼女に対し奇妙なぐらい強く憎しみを感じた。

 それにまた新たな快感が加わった。この銃を使えば彼女に簡単に復讐できるじゃないか。彼女は弾丸を込めずに銃を持ってきたことを、知っているのはこの僕だけだろう。だから、さっきつめた僕の弾丸が逆に彼女に対し撃ち出されるのだ。
 それももう少し眠ったあとの事だったが。
さっきまで彼女に殺されればいいなんて考えていたのがうそみたいだった。

レザラクスhomeへ
Copyright (C)2004-2018 Yoshito Iwakura
http://lezarakus.nobody.jp/
このサイトはリンクフリーです
相互リンクサイト募集中