狂蝶紅花 サイエンス・ファンタジー短編 著 岩倉義人

2 放課後

「待たせたな。ちょっと準備に手間取ってしまったんだ。」
ダクエが振り返ると、ペニ・ウインスルの笑顔が見えた。彼が彼女のことを待たせるのはいつものことだったが、誘われたのが久しぶりだったのでうれしくもあった。そのいつもの待ち合わせ場所である、コーヒーショップの前に立っているだけで以前のことを思い出して自然と微笑んでいた。

 しかし、ダクエは彼に会ったことを早くも後悔し始めた。彼の背中に細くて長い布の包みが背負われていたからだ。それは射撃訓練用の銃であることに間違いなかった。
「そんなものを持ち出して、一体何するつもりなの。まさかこれから薄ら寒い射撃場に行こうとでも言うんじゃないでしょうね。」
ペニは大声で自分が銃を持っていることをばらされてしまってので辺りをびくびくしながら見た。それで、だれも自分のことを注目していないことを確認してから口を開いた。
「そんな訳ないじゃないか。君は僕が射撃場に行く金を持っているとでも思ってるのかい? 
 君は今日の授業であのなんて言ったか、そう、狂蝶紅花のことを聞いただろう、ラルス先生が言っていた。僕はその蝶のことが見てみたくなったんでちょっと調べてきたんだ。遅くなったのはそのせいでもあるんだ。それで君の事を怒らせたんだったら謝るよ。」

 そう言うペニの様子を見ているとダクエは無性に腹が立ってきた。しかし、自分の握っている拳が震えているのを感じると、なぜこんな男に怒らねばならないのかと思った。
「私、もう今日は帰るわ。」
そう言えたらもっとすっきりしただろう。しかし、今日帰ったらもう二度と会うことなど出来ないような気がしたのだ。ダクエは必死で煮え立つ怒りを抑えつつ口を開いた。
「そうわかったわ。あなたの行きたいところへ行きましょう。」
それを聞いてペニは無邪気に笑っていた。

 考えてみれば、狂蝶紅花のあるところなら多分森の中だろうから行ってみれば、とても気持ちがいいかもしれないと思わせるような笑顔だった。
ペニは彼女に背中を向けると早足で歩き出した。
「急がないと日没に間に合わないかもしれない。遅すぎたら意味がないんだ。」
ダクエはペニの背中にずっしりと食い込む銃の包みを眺めながら、彼は森で何のためにそれを使うのだろうと思った。まさか森で狼でも出たときにそれで私のことを守るつもりだとでもいうのだろうか。もしそんな猛獣でも出たとしたら彼から銃を取り上げて自分が撃つ方が良さそうだった。ダクエはこう見えても射撃の腕には自信があったのだ。少なくともペニよりはましであるというだけだったのだが。

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