狂蝶紅花 サイエンス・ファンタジー短編 著 岩倉義人

4 ダクエの夜

真夜中になっても彼女は寝付けずに、ベッドの中でシーツに包まれていた。目をつぶると、自分が銃を撃った衝撃と蝶が内臓を弾き飛ばしている光景が、何度も思い出されて吐きそうだった。
ダクエは急いでトイレに駆け込むと今度は本当に戻してしまった。これでやっと気分が落ち着いた気がした。彼女は自分の部屋の電灯を点けると今度は自分の銃をかばんから取り出して眺めた。ダクエは学校の射撃の訓練のことを気に入っていた。銃の音が自分が嫌いな音をすべて掻き消してくれるのもすごく良かった。それに的に当たるときは引き金を引く前から、そうなることが分かる気さえしたのだ。

 考えてみれば、彼女は今まで生きているものを撃ったりしたことがなかった。もちろん男の子たちは森の中で狐を撃ったり鳥を撃ったりしていた。女の子のなかでも射撃のうまいものは誘われて出かけたりもしていたが、ダクエはそんな気分になれなくていつも断っていた。なんのために生き物を殺さねばならないのか分からないからだった。彼らの生きている感じを否定するのがたまらなくいやだったのだ。

 それなのに、どうして今日はあのかわいそうな蝶を撃ち殺してしまったのだろうか。ペニに言われたからだろうか。ダクエは銃を握り締めたまま、電灯を消すと自分に問いかけた。
「いいや。そうじゃないわ。ペニに言われたからというだけではない。多分、その蝶たちがかわいそうと思ったから、彼らを殺したいと思った。違う終わらせ方だってあるかもしれないじゃない。でも、私は間違っていた。撃ち殺した蝶の死を無意味なものにしたのは私自身だもの。」

ダクエは銃を枕元に置くと、静かにシーツを手繰り寄せた。
「でも、多分私が撃ったら、どんなに私自身が傷つくかペニだって分かっていたはず。彼はかわいそうな私がかわいそうな蝶たちを撃たずにはいられないって事が最初から分かっていた。だから、私をあの呪われた森に連れて行ったんだ。」
彼女は暗闇の中で手を伸ばすともう一度銃の長く伸びた首のところにそっと触れた。その心地よい冷たさが彼女の心の中で起き始めた決心を後押しした。
「ペニと私とどちらがかわいそうな奴か教えてやるわ。」
ダクエはパジャマの上からコートを着込むと、すそに銀色に光る細長い銃を静かに隠した。
そして、窓を開けてから屋根伝いに外に出た。彼女の部屋は二階にあったのだが、夜中に用があるときはいつもそうやって出ることにしていた。

しかし、彼女は今夜ペニに会ってどうするつもりなのか、はっきり決めているわけではなかった。ただ、銃はどうしても必要な気がしたのだ。それを見て、自分もペニに似ているなと少し笑った。

ペニの家に着くとダクエはいつもどおりもう少しで呼び鈴を押しそうになった。そうだ今は夜中だった。彼女は塀に手をかけるとよじ登った。そのときコートに隠した銃がガキンとぶつかって音を立てた。それで、自分が何をしに来たのかやっと気がついた。
「そうだ。私はペニを殺しに来たんだ。」

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