エテルキフ SF小説 : 著 岩倉義人

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36章

 ロジア・エテルキフの最後の実験から数週間が過ぎて、彼の報告書が99位神官である、スファルト・ラム・フォトの執務室に運ばれた。
 その中で、グリセル・ゴトルヒン、通称名をへラムス・ストイカストルという男がツェリト・クファルマイヤーとセミ・トリノフェタを殺した犯人であることは、実験により確かめられた、と書かれていた。
 その冷静な文面から、彼が何を感じたのかを想像することは難しかった。
 そして、ゴトルヒンがすでに自殺したということでさえ、エテルキフ以外には確証を持てることはなかった。彼以外の者は、彼の実験中の幻視を語る内容をただ、信じる他はなかったのだ。
 そして、へラムス・ストイカストルの名前を核熱鉄器の中の98位意識にスファルトは聞いてみると、その名前は知っていると、答えたのだった。
 スファルトは非常に驚いたが、ただちに彼の自宅のアパートが見付け出されると、捜索が行われた。しかし、その小さな一人暮らしの部屋の中からは彼をその犯罪と結び付ける手掛かりなど全く有りはしなかったのだった。
 だが、彼は現在は無職らしかったが、機械工のアルバイトをかつてしたことがあるのが、彼の部屋のメモなどから分かったので、封印紋ぐらいは扱えるかもしれないということだけが、その部屋の全てを解析して分かった結果だった。その他の捜査のもとになるものなど見付かりはしなかったので、捜査は自然と打ち切られる傾向にあった。

 あともう一つだけ重要な資料も発見されていた。それは彼が病院でもらったデル・サカルナサスの処方箋のくしゃくしゃになった紙屑だった。彼は、不法移民の病院ではなく、普通の市民病院に通っていたのだった。
 スファルトは98位意識に問い掛けて、登録されているへラムスの生命構造式と不安定な変異を繰り返していたゴトルヒンのものとを照合してみようと試みた。そして、それは意外に事に全くぴったりと合ってしまったのだった。スファルトはそれも一瞬の変異が重なり合った偶然である事を信じたかったので、もう一度ゴトルヒンの構造式を演算してみることにした。その結果分かったのはゴトルヒンそのものが死んだ今では、構造式は全く安定していると言うことだった。「なるほど。」と小さくスファルトはつぶやくと、電話の受話器を持ち上げて、レンのダイヤルを回した。捜査を事後的な資料の収集のみに収めるように告げようとしたのだ。
 確かにそのようにしてまで確かめなくても、スファルトはその結果をすでに知っていた。

 彼はロジアの最後の実験の計画書が出された時に、自らの中でその装置と同じ物を別に作り上げ、ヘラムスとロジアの夢のような空間の中での会話も全て聞いていたのだった。
 彼は極端に集中しさえすれば論理的にはジスの国の中なら全ての会話を盗み聞きすることぐらいはもともと出来るはずだったが、さすがにコメールオルは恐ろしく遠すぎたのだろう。彼は今度はトリノフェタの時のように、自分が見ていることを知られないように細心の注意を払っていた。そして、うまく盗み見る事が出来たのでスファルトは安心して満足感を感じていた。それによって自分のするべき事に確信を持つ事が出来たからだった。

 彼は次の日、数年振りに執務室にしていた古代寺院から出ると、防弾ガラスを三重にはめ込んだ自動車に乗り込んでエンジンを掛けた。地下の駐車場はかつては馬車を止めておくための停車場だった。その出口の坂を、アクセルの一踏みで飛び出ると、エンジンのうめき声を心地好く感じた。彼の向かった先は彼が神官長に即位した時以来、直接訪れた事のない、核熱鉄器の置かれている中央発電所だった。

 門番はその粗末なフェンスの門に、神官長が現れたのを見て、すごく驚いていた。確かにそれは当たり前のことだった。核熱鉄器の機械の実際の管理は少数の神童子たちが行っていたからで、神官長がそこに訪れる必要なんて普通は考えられなかったのだ。

 スファルトは門番が白いコートの裾をなびかせて急いで、神童子の親方を呼びに行く間、低いフェンスのずっと向こう側にそそり立っている発電所を見上げた。その建物のへりの部分は緩やかな曲線を作り出していた。壁には真っ白な防電磁塗料が何層にも塗り重ねられていて、獣の皮膚のような微妙さで隆起しているのが、ここからでも微かに光の反射の中に見て取れた。
 単なる巨大な白い箱だったが、二本の高い煙突が立ち、見えない煙を吐き続けていた。
その中には核熱鉄器に捧げられた空間があって、選ばれた神童子たちしかそこに耐えることすら出来なかった。

 しばらくして、神童子の親方が彼の元にたどり着いたので、やっとフェンスをくぐることが出来た。
「神官長様。随分、お久し振りですな。先程は、電話で急に核熱鉄器の中に直接、触れてみたいなどとおっしゃられるものですから、びっくりしましたよ。」親方は脂肪に満ちた腹を、神官衣のコートの下に無理やり押し込めてベルトで縛っていた。頭の天辺は神童子の規則通りに綺麗に丸く剃りとられて、黒い皿の上の白いパンのようだった。

「そうか、驚かしてすまなかった。ところで準備は出来てるんだろうな?」
 スファルトは、早足で建物の方に歩きつつ聞いた。
「そっちの方は大丈夫です。しかし、スーツが汚れても構わないんですか? 
 こっちで作業着ぐらい用意しますが。」
「いいや、別に構わないでくれ。」彼は振り返りもせずにそう断った。

 核熱鉄器の入った建物に十分近付くと、空を降り仰いで、奇妙な充足感を感じた。そこに核熱鉄器がいることを彼は嬉しく思った。しかし、その中の神性意識は目的を急ぎ過ぎてしまったのだ。だから、そのつけを払わせてやろうと思い、スファルトは意識を集中させ始めた。
 それから、発電所の側面側に回り込んでいくと、その壁にしがみつくようにして華奢な鉄塔が一本だけ立っていた。塔の頂点までは数十メートルあるらしく、それは建物の丁度真ん中でとぎれていた。
 塔の根本の金網のフェンスが出入り口になっていて、その前にスファルトは立つと無言で扉が開かれるのを待った。そこに入るのは自分の産みの親である前の代の99位神官に即位するときに連れてこられた時以来、二度目だった。それから、9年はすでに過ぎていた。

 スファルトは玄室に向かう、鉄塔の中のエレベーターに乗り込むと、後ろで鉄柵が閉まり、引き上げ始められた。レールが擦れ合って出来る、高い悲鳴のような金属音に耳を傾けながら、自分の後を継ぐべき子供を孕ませるための女をいつかは見付け出さなければならないのを憂欝に思った。その種付けをするときの女の悲鳴を思い浮かベた。
「数百年前ならばこんな心配をする必要なんて全く無かったはずなんだが。」
 彼らは閉鎖花のように自らの精子で懐胎して、神官長の力を受け継ぐ子供を作り出していたのだが、いつからか、体内で子供を育てる能力が忘れ去られてしまったので、仕方なしに受胎後の卵子を他の女に預けなければならなくなったのだった。なぜその様な、煩わしい事をしなければならないのか。

 スファルトは非常に不快に感じたが、どうせ自分より過去の神官長の一人が異常なまでの好色漢だったに違いないとつぶやいていた。
 確かにその事は一見、彼の考える核熱鉄器のシステムの指向性とは矛盾しているようにもみえた。核熱鉄器の中の神性意識は自分の中の感覚論理を捨て去ることによって、より完壁な物質性を保ち得る、瞑想的な生命に向かっているようだった。
 それは数千年かけて忘れ去られた、システムを作る上での中心的教義だった。その過程において神官長の思考の中の論理性はより高位の感受性である物質性に取って変わられつつあったのだが、それによって現れ出たものはもはや不必要な性欲だったことに、スファルトは嘲笑を禁じ得なかった。
 しかし、そのことすら、神性意識と一体である、スファルトの精神の中に生まれつつある極度の混乱状態の予感を説明するものの一つになりそうだった。99位神官の感じる恐怖とは神である核熱鉄器の感じる不安であって、それは彼の作り出す歪曲空間であるジス国内に住む国民たちにも影響を与えているはずだった。それとも国民の感じる無意味な絶望感が、神を狂わせているのかもしれないとスファルトは予想していた。

 どちらにしろ今回のスファルトの神性意識の直接の操作によって、何等かの改善を得るだろうと確信していた。
 その確信はロジアとゴトルヒンの関係を類推していく内に作り上げられたものだった。
 ゴトルヒンに力を与えていたデル・サカルナサスは彼の生命構造の欠陥の量と同じ分だけの力の一時的な神性意識を作り出していた。それは相互的な物質と夢である生命との協調関係とも見て取れた。
 そして、その論法に従っていくと、最大限の発露力を持つ核熱鉄器内の神性意識を生かし続けている99位神官である自分はまた、限度を越えた生命的な意味での欠損を持っていることは間違いないことだった。それは退化に向かう論理的な意味だけの進化といえた。

 しかし、同時にロジアの事を観察するうちに明確な疑問にスファルトは捕らわれていった。
「彼は別に生命構造の中に特別欠陥を持ってはいないのになぜ、神性意識を操ることが出来たのだろうか。それは単に魔科学の力によって捩じ伏せたとは限らないだろう。そこには神性意識を魅了していく新しい論理が隠されているのかもしれない。」スファルトの推考はすぐに結論を得ることは非常に難しかった。だが、彼のこれからするべきことへの道筋を作るには十分なものだった。

 鉄塔の中に埋め込まれたエレベーターの緩慢な上昇がやっと終わると、スファルトはエレベーターの扉が開いていくのと同調して重い音を立てて開いた巨大な金属の扉をくぐった。それは鉄塔側のドアの横幅よりも何倍も大きかった。その鉄塔自体、作られたのは500年前とされていた。それ以前は神官長は高いところに登るのに他の物の力を必要としてはいなかったのだろうか? そこが唯一の核熱鉄器の中の神性意識に直接触れることが出来る玄室につながる道だった。

 そのやっと通り抜ける事が出来るぐらいの道の壁は、特殊な鉱石のみで組み上げられていて、一つずつの石の塊のへりの部分は石の内部にほの暗く光る明りによって時々、かすかに虹色に光った。

 スファルトの歩く振動によって床に落ちた、壁と床の微粉が少しだけ舞い立って静かな霧を一時的にだけ作っていた。その細長い廊下を歩くうちに彼は気が遠くなっていくのを必死にこらえた。自分が踏む床の音が永遠に続いているように思え、それを聞くのにも嫌気がさした。

 しかし、その反響も消え失せるとやっと彼は一枚の扉の前にたどり着いた。
 それは黒く血の様に光っていた。彼はその扉を開けることもなく、くぐり抜けた。すると、その中は小さな衣装部屋になっていて、壁には二着だけくたびれた灰色のすその異様に長い上着が掛けられていた。そこから先に進むためにはそれを必ず着る他はなかった。
その服にはジスの中で最も強い魔化学的加工がなされているといわれていた。
 彼はそこでスーツの上着とネクタイを取って壁に掛けると、そのコートを着込んだ。すその短い方は即位をする時のための物だった。スファルトは初めてその大きい方のコートのフードを目を隠すまで下げた時、自分の親であり、自分自身でもある、前の代のケス・ラム・フォトの汗の微かな匂いがまだ残っている気がして、何度か咳払いをした。ケスは女のような長い髪の毛を床まで垂らしていて、それに甘い匂いの香水か何かを吹き付けていた。スファルトは彼に数回しか会っていなかったが、一度会うだけでまた再び会いたいという気持ちを完全に打ち砕くものを持っていた。

 だから、スファルトは即位して彼が死んだ後、すぐに神官長の御座所を今の死刑執行所の跡である、古代寺院の中に移したのかもしれなかった、そのような場所をケスは何より嫌うからこそ、そこを選んだのだった。スファルトは自分の血の中に眠るケスをそうすることによって嘲笑ったのだ。

 そのケスの体臭を思い出しながら、フードに顔を埋め、核熱鉄器の表面が露出した玄室への粗末な黒い木で出来たドアをそっと開けた。
 戸の中は薄暗い青い光で満ちた、巨大な空間だった。
 そこの壁と床は今までと同じ白い鉱物の岩で覆われていたが、右側の側面のみが違う色をしていた。その赤茶色の土のような表面は核熱鉄器の肌そのものの一部だった。だから、わずかずつこちらにせり出すように歪曲して膨らんでいた。彼はその皮膚に触れながら進むと、その金属の錆は針のようにちくちく彼の手の平の皮膚に刺さった。スファルトは少しだけ流れ出した、人差し指からの血の一滴を甘いシロップのように舐め取ると、壁に沿ってゆっくり歩いた。

 それから何歩、歩いたか彼が忘れてしまう頃になってやっと、地面に描かれた赤い三角形の印を見付けた。その矢印は核熱鉄器の壁の方の一点を指し示していた。それから、数十メートル向こうにもまた同じような印が有るはずだったがそれは弱い光の中で掠れて見ることは出来なかった。
 スファルトは小さく頷いて、ひざまずくと壁の匂いを嗅ぐように顔を静かに近づけた。
 すると、無造作にドリルで開けたような、指がやっと収まるぐらいの穴を見つけたのだった。穴の中は暗くて何も見ることは出来なかった。
「これが一番目の意識、もはや名前を持ち得ない神性意識だな。だが、別にこれには、今日は用は無いんだ。」
 スファルトはそのまま一歩ずつ膝をついたまま、横に移動し、長いコートを引き摺っていった。するとすぐ二番目の穴が見付かり、その次を探した。
 穴の高さや大きさは一定ではなく、顔を地面にくっつくぐらいにしなければ穴が見付からない時もあったし、立ち上がらなければならない時もあった。
 そのまま一時間ぐらい経った後だろうか、彼は90番目の穴に達した。

 そして、もう一つ向こうの穴を見ると、そこには赤い光がともっていた。それが神性意識と人間である彼とが直接、親和性を保っている印だった。
 99番目の穴は、それが一番深くの炉の中に達するまで深くは掘られていなかった。そこを通じて神性意識に接することで、彼は9年前に99位神官になったのだった。
 しかし、人間の知性や論理性を越える、90位以上の意識はすでにその目を閉ざしてしまっていたのだ。スファルトは90位の光の失われた時期を、ケスよりももう一代前の99位神官の時なのではないかと予想していた。

「確かに目を閉ざしていくことが一番の目的なのだろう、その時人間である、私たちにも連鎖が起こって、物質的な瞑想性の階段を一段登る事になるのだ。そうすればするほど、核熱鉄器の中に隠された神性意識の力は強まって、より強い空間被膜を作る可能性が生み出される。しかし、その一方で、死の指向性でもある空間被膜を打ち消すために、より大きな生け贄が必要とされてきたのだ。
 それは99位神官の生命構造式を変化させることそのものだったのだろう。グリセル・ゴトルヒンが彼の生命の欠損の分だけデル・サカルナサスが彼に空間との親和性を与えていたのと同じように。」

 しかし、その方向性を神性意識と神官が両方とも急ぎ過ぎたのだった。そのために神性意識が核熱鉄器の中で部分的に正常に発露出来ずに、小さな空間膜の結晶が澱になって底に溜まり、鉄器の表面に透明な針のように刺さり、また、91位以下の穴の通路を塞いだりしていたので、それが苦痛を引き起こしていたのだ。
 だから、自分の中の生命構造式の受け入れるための穴とそれを目当てに差し込まれるペニスである神の意識とのバランスを欠いているために痛みが発すると考えれば、理解することは容易だろう。スファルトはうす闇の中で一人で苦笑した。「いつかそう言えば、私は自分のことを神をレイプする者だと思っていたけど、実際はその逆か。しかし、それならば、今から神のペニスを丁度良い形に削ってやろうじゃないか。」

 スファルトが携えていた布にくるまれていた物を取り出すと、その数本の細長い金属の棒を順番につなげていった。そして一番先には、黒い螺旋状の一角獣の角に似た形の鉄をしっかりとネジで止めた。すると、身の丈よりも細長いドリルが出来上がった。スファルトは根本に付いたハンドルをぐるぐる回すと、ちゃんと先が連動して回るのを見て満足していた。
 それは神童子の親方がずいぶん前に、核熱鉄器の基底部から見つけだした箱の中にしまわれていた物だった。それは厳重に封印されていたので、開けるのにスファルトはひどく苦労したが、中身の機械を見たときに何に使うかはすぐには分からなかった。しかし、そのドリルの先に付いている鉄錆の匂いに覚えがあったので、97位神性意識に聞くと、自らの産道を切り開くために用いられた物だと答えたのだった。

 確かにスファルトはそれを聞いて、非常に驚きはしたが、まさか使う必要が出来るとは夢にも思ってはいなかった。
 そして、彼は塞がってしまった90位意識と91位意識のちょうど真ん中の辺りに、ドリルの穂先を押し付けると、そっと静かに回し始めた。
 それは、閉じられた神の瞳をもう一度こじ開けることに他ならなかった。スファルトは心地好く土のような金属板が切り開けられていく振動を楽しんでいた。そして、20センチぐらい掘り進んで、ドリルのカニに似た関節が半分ぐらい潜り込んでしまうと、今度は神性意識の表面に張られた被膜の上に爪が達した。

 今度はスファルトは鉄の爪の先にまで自分の中の神性神経を浸透させ、それを被膜に爪を潜り込ませるためのグリース代わりにした。その神性神経は核熱鉄器の中の被膜と同じ構造をしているので、馴染み合って、受け入れ合うのは当然のことだった。その事はスファルトに自分自身の消えた子宮をレイプしていく疑似感覚を引き起こしていった。その嘔吐を引き起こす嫌悪感を感じながら、彼は思った。

「最後に死の方向性からそうでないものを生み出すには、暴カ性のみが有効なんだ。それはゴトルヒンの殺人感覚を想像するうちに分かったことだ、
 暴力性のみが生命の持つ行為の本質だ。」

 彼は強姦されていく耐えられない苦痛を感じながら、同時に殴り付けることにたとえようもない快感を覚えていった。
 しかし、突然彼の視覚的感覚の中に別の映像が送り込まれ始めた。神の閉じられたまぶたを透かして、瞳孔にドリルの先が接近していく様子が、スファルトにも見え始めたのだ。彼はそのようなささやかな抵抗を神がしてきたことを喜んで、自分の右の黒目にドリルの先が巨大に迫り、それを突き破っていく感覚を受け入れた。それにより、神も自分も失明はしたが、より新しいものを見ることが可能になったのだった。

 しばらくして、彼は自分の目に触れると、やはりドリルの穴が開いてはいた。だが、別の空間被膜に覆われていたので、角膜はちゃんと機能していた。
 ドリルを引き抜いた穴には赤く新しい光がともっていた。それが現在の90位意識になったのだ。スファルトはドリルを折り畳んで元の布にくるむと、玄室をあとにした。

 彼はこれからは自分が甘い絶望を傍らに置いておくことで、自分の中に眠る自由という幻覚に対する絶対的な欲望を捨て去ることが出来るだろうと思った。
 それがゴトルヒンに殺人を引き起こさせた原因の一つなのだろうとスファルトは考えながら、鉄塔の中のエスカレーターの下りのレバーを引いた。外は既に夜だった。自分が立ち上がった鉄の巨大なムカデに排出されていくのと同じ様に、機械的に下に送られていくのだ。そうスファルト・ラム・フォトは泥まみれのシャツの袖を捲りながらつぶやいた。

 そのとき彼は、新しく切り開かれて産まれた、神性意識の名前を知った。
 それはガレプという名前だった。しかし、それが神聖語で「糞便をしつつ飛び立つタカ」
という意味だということにこの先も気付くことはなかった。

エテルキフ 終

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