エテルキフ SF小説 : 著 岩倉義人

>前の章 >次の章 >エテルキフの目次へ >homeへ

29章

 ロジア・エテルキフとツェリト・クファルマイヤーは恐ろしい苦痛を伴った旅を潜り抜けて、もう一つの現実の世界に戻った。
 そこは部屋中に醜いゴム板で目張をされたツェリトのアパートの部屋だった。
 ロジアは二人の意識が戻ってから、ぼやけた視覚の中で必死にツェリトを見ようとした。彼女はまだ、ベッドに身を横たえたままだったが、あのいやらしい空間膜は姿を消しているようだった。ロジアは実験の後のいつもそうだったように、意識を失いそうになりつつ彼女を見た。
 ツェリトは寝返りを一つ打ってから、ゆっくりと起き上がってロジアの方を不思議そうに見ていた。ロジアは安心して眠りに落ちていきそうになった。

 しかし、立ち上がった彼女がした行動は意外な事だった。そのまま、振り返って、自分のベッドの掛け物の下をごそごそ何かを探していたが、それを見付け終えて再びロジアの方を向いた。
 その手に握られているものは、銀色に光を帯びた小さな何かだった。ロジアがより、目を凝らして見定めようとしていると、彼女は無言でそれを自分の胸にシャツの上から突き立てたのだった。ロジアはぼけていく視覚の中でそれを見た。
 シャツに突き立てられた点からは、赤くて細い筋が引き伸ばされて行くのが見えたのだった。それは、彼女のずっと寝間着にしていたズボンに達し、床までその線は続いた。ツェリトはその後すぐに、数ヵ月の間寝かされ続けていたベットの中に崩れ落ちた。
「結局、ゴトルヒンが望んでいたのはこの事だったのか。私は単なる殺人装置の一部に過ぎなかったんだ。」
 ロジアはまた意識を捨てるようにして、眠りに落ちた。

 しかし、その寸前にみた幻覚は意外なものだった。
 それは、ロジアの一回も行ったことのないような草原の風景だった。じめついた霧がかった雲が辺りを覆う。その中に見慣れない人影が一人だけで立っていた。その青白い顔をした青年がグリセル・ゴトルヒンだという事にロジアはすぐ気付いた。彼はこちらから見られているのに驚いておびえているのか、みじろぎもせず、その場に縛り付けられていた。
「おい、グリセル、お前のことをやっと見つけたぞ。今からそこに行くからな。」

 そう、ロジアがつぶやき終わる前に幻覚は消えてしまった。彼は遠退いていく意識の端に、誰か数人が急いで部屋に入ってくるのを感じた。それに、ツェリトは今は自殺を望んでいなかったことを感じた。それは、さっきまでつなげられていたツェリトの疑似神経を通して伝わってきた感覚だった。確かにそれがロジアにとって唯一の信じられるものだったのだろう。

 しかし、そのグリセルの幻覚もまた、その消えていく疑似神経の一部を通して送られたのだった。ロジアに彼の神経と共有していく回路が出来たのだ。
 それは彼に殺人者の感覚を理解する手助けにもなったが、彼を嫌悪させる物でもあった。
 ロジアは自分の中にグリセルと同様のツェリトを殺してしまいたいという欲求が隠されていた事を意識することを強要されたのだった。

>前の章 >次の章 >エテルキフの目次へ >homeへ
レザラクスhomeへ
Copyright (C)2004-2018 Yoshito Iwakura
http://lezarakus.nobody.jp/
このサイトはリンクフリーです
相互リンクサイト募集中
et_img