エテルキフ SF小説 : 著 岩倉義人

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25章

「ダゲット馬と世界との親和性は、自分の走る地面と北方杉の蛋白カプセルのみで大部分が成り立っている。カプセルの中の蛋白質の情報のみが彼を生き延びさせているんだ。」
 ロジアは魔工大の外側の回り階段を登っていた。上を見ながら登っていくと、彼がこれから足を乗せていくはずの階段の裏側がライトにぼんやり照らされて、永遠に増え続ける魚の鱗を見ているようだった。

「今のツェリトは、それとほとんど同じ様に、デル・サカルナサスのみが彼女に外の世界を与えている。完全に遮断されているようだが本当はそうではないのだ。もう少しで勘違いしそうだった。一見サカルナサスは時間を止めて、機械的に彼女を保護しているようだが、本当は彼女に自殺したい幻想を強く保ち続けさせることのみを目指して、この物質はあるんじゃないか。丁度、ダゲット馬と蛋白カプセルとの関係の逆の物だ。死の指向性に変化している。
 デル・サカルナサスは本来はそうではなかったはずだ。」

 もう少しで4階に着く。
「でも、本当のところにはいくら考えても行き着けるはずはない。ただ分かったのは、彼女と世界とを分けている膜は、デル・サカルナサスよってなら侵入を許すだろうということだけだ。それが彼女が世界との物質的なコミュニケーションを取っている、たった一つの点なのだから。」

 ロジアはキファの研究室の扉を開けて、彼を見付けるといきなり叫んだ。
「ついに分かったぞ!キファ。デル・サカスナサスを使ってオートスカルドナーバーを作ればいいんだ。」
 キファはうつぶしていた机の上からあくびをして、ゆっくりと顔を上げた。
「え? なんだって。」
 ロジアは勢い良くドアをバタンと閉めた。それを見てキファは、しかめ面を作ってみせた。
「デル・サカルナサスを使ってカプセルを作るんだよ。そうすれば必ずツェリトの膜に侵入して彼女の停止されている意思に触れることが出来るに決まってる。」
「サカルナサスだって? あの麻痺症の薬だろ。まあ、確かにスカルド・ナーバーに出来ないことはないが。
 とにかく一度座って、何があってどう考えたのかちゃんと話してくれ。お前は昨日まで昏睡してたかと思ったら急に病院を抜け出しやがって、一体どこに行ってたんだ。」

 キファは空いているイスの上を占領している書類の山を退けた。
「で、どこに行ってた?」
「リズ・クファルマイヤーのところだ。ツェリトの母親の。」
「実験が失敗したから謝りにでも行ったのか。」
「いいや、それだけじゃない。ツェリトをまだ殺さないように頼みに行って来た。その時俺はすごく大事なことに気付いたんだ。なぜ、リズがツェリト殺せるかってことだよ。」
「でも、サカルナサスには被膜を破る力なんて無かったじゃないか。」
「確かに薬その物にそんな作用があるはずはない。しかし、リズが子供の時に彼女の父親も同じ状態になったらしいが、その時はリズのお婆さんが父親の口にサカルナサスを流し込んで殺したらしい。それは別に事件にもならずに病死として処理されたみたいだがね。
 だが、そのお婆さんもリズたちと同じ様にグレナコーンド麻痺症にかかっていた可能性は高いだろう。同じ麻痺症にかかっているもの同士は共感性を産むってね。
 これは僕が実験中に得た感触なんだが、デル・サカルナサスがツェリトの空間膜を強めて、修復していくのに強い働きを持っている気がしたんだ。
 だから、身体中に取り込まれたサカルナサスのみが親和性を持っているんだ。」
 それを聞いてしばらくキファは机に肘を着きうつむいて考え込んでいた。
「リズが嘘をついてる可能性はないか? それにその感触とやらをもう少し論理的に確かめられないもんかな。」
 しかし、ロジアの目は生気がみなぎったままだった。
「それだよ、間題は。僕が実験中の幻想の中で知った、神性神経を修復していた虫みたいな奴の生命構造式を今から言うから、それとデル・サカルナサスとの構造式を比ベてみてくれ。」
「ああ、分かった。ちょっと待ってくれ。ペンはどこに行ったかな。
 よし、いいぞ。」
 キファはボールペンを握り締めて、待ち構えていた。
「グリグザング・テオデルタ・ヒル・カリス…」
 それは60字からなる、ジスに昔から伝わる神聖言語で表された。
「うーん、意外と長いな。よくお前、覚えていられたな。出来るだけ早く調べてみるよ。
確かにお前の言う通りだったらサカルナサスのスカルド・ナーバーを試してみる他は無いな。」
 キファはその何かの書類の裏側に書かれた、奇妙な文字の列を何度もにらんでいた。そして、その目の端にロジアが立ち上がるのを見たのだった。
「もう行くのか、ロジア。お前、本当に大丈夫か?」
「ああ。こうとなったらレンに会って、神官長から余分の予算をぶん取らなくちゃな。あとはそっちの事は頼んだから。」
 コートの裾を直すと、彼はドアから出て行ってしまった。
「確かに最後に必要なものは金か。でも、どうして神官長はいきなり実験の凍結をしたんだろうか。俺には神とかいう奴の気まぐれなんて理解したくもないがな。」
 キファは、ぶつくさ独り言をいいながら、ロジアが開けっ放しにして行ったドアを閉めに立ち上がったのだった。

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