エテルキフ SF小説 : 著 岩倉義人

>前の章 >次の章 >エテルキフの目次へ >homeへ

15章

「レン、済まなかったな。わざわざ来てもらって。
 お前の目付きの鋭い、嫌な感じは相変わらずだな。」
 レン・スコットがスファルト・ラム・フォトの執務室に来たのは、これで2度目だった。
 スファルトはいつものダークスーツとは違い、灰色の神官衣を着ていた。そのフードで彼の肌を隠すようにして、影を作っていた。
 その姿を黒い大机の向こうに見て、レンは出された椅子に腰掛けるのを拒んで立っていた。閉じている口の中では痛みを覚えるほどではないか。と、ラム・フォトはレンの締め付けられた、隠れた奥歯を想像した。
「お前の疑っているのは分からない訳でもないが。確かに君に渡した、アコイル98位意識の作ったというグリセルの人相書は間違っていたようだ。
 待っていてくれればまた新しいのを君には渡すつもりだ。」

 間違っていたようだ、だと? 一体どうしようというのだ。アコイルの確実なはずの演算が間違っていることなど有り得ないことは、スファルトが一番よく知っているはずだが。
「あの偽物のゴトルヒンの中の疑似神経はあなたの仕込んだものですね? あれは、あの疑似神経の展開の仕方は異常だった。まったく脳の外部から触れずに疑似神経を発露させることができるのは、神性意識である、あなただけですから。」
 その声の反響が高い天井の黒い防電磁膜に吸い込まれてしまうまで、スファルトは黙って、レンの瞳を見詰めていた。好ましいものを見るような目で。
 彼はフードを肩に下ろした。生気に満ちた、金髪が波立たされている。
「確かに、君になら分かってしまうだろうとは思ったがね。なに、ちょっとした遊びの一つだよ。私には、君には分かり得ない、興味が出来たんだ。」
それから、組んだ足を伸ばすと、戸棚から封筒を取り出した。
「本当のゴトルヒンの顔写真のモンタージュだ。もうすぐ、俺の研究も終わる。」
 その時、スファルトの机に置かれた電話が鳴った。彼は少しも驚いたふうもなく電話のベルの音を聞いていた。それは彼の精神の一部ともいえるこの古代寺院にとっても同じように受け取られていたのは間違いがない事だった。つまり彼は電話を嫌っているのだ。3度目にベルが鳴ったとき、彼は、受話器をそっと持ち上げた。
「ああ。そうか分かった。」
しばらく経ってから、そうとだけ答えて、ラム・フォトは受話器がうるさい、ぶつかり合った音を決して出さないように気をつけながら、それを置いた。
「ちょうど15分前にまた、殺人事件が起こったようだ。
 私は、それを起こしたのがグリセル・ゴトルヒンだということについて、全く疑念を持ってはいないがね。
 君とロジアにこの事件を前と同じ様に解決してもらいたいんだよ。
 やってくれるね。」
 そう、99位神官、スファルト・ラム・フォトはつぶやいた。
 「わかりました。」

 あいつは、殺人鬼にもう一度、その血なまぐさい儀式をするように、願っていたんだ。
 どうしてか、なんて聞くことは無駄だろう。奴には人間的思考なんて無用なのだから。あいつは死んでいるのも同然だ。死なんていう、簡便な優しさの残った表現形式、それを自分自身で止めてしまったんだ。核熱鉄器の中は永遠の、がらんどうにすぎない。奴はその中に漂う、赤く低い悲鳴にすぎない。そうとしか私には思えないんだ。
 スファルトはロジアに何を期待しているのだろうか? 
 レンは廊下の所々にかかげられている、赤色灯を見た。
 これ以上夢の中でその光を見なくても済むように、レンは願った。光はほとんど足元を照らすのみで、レンの出口への道程だけを意図的に連なって浮かんでいた。

>前の章 >次の章 >エテルキフの目次へ >homeへ
レザラクスhomeへ
Copyright (C)2004-2018 Yoshito Iwakura
http://lezarakus.nobody.jp/
このサイトはリンクフリーです
相互リンクサイト募集中
et_img