エテルキフ SF小説 : 著 岩倉義人

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10章

 ロジア・エテルキフが、目を覚ますとベッドの中だった。シーツにくるまってはいたが、少し肌寒さを感じた。軽く首をねじると、ベッド脇の机に置いてある、プラスチック製の日めくりカレンダーは1月21日を指していた。

「あの実験から20日以上は経っているな。」ロジアはまた、頭を枕の上で動かして、窓から外を見た。あの建物の形は見覚えがある。夢の中で見たのだろうか。あの建物の窓から、街路樹の上の紫外線灯が光っているのを、かつては見たんだ。だけど、今日は光っていない。

「ロジアさん。目を覚まされましたか。気付かれましたら、お返事をお願いします。」
 若い女の声だった。枕元のインターフォンが、かすれた電気変換された声を送り込んで来たのだった。ロジアは自分の脈搏、体温、体の姿をモニターされているのを感じた。ここは病院か。
「ああ。感じているよ。」
 ロジアは急に、自分の脈搏をコントロールして、上げてみることを思い付いた。そうすれば、インターフォンの向こう側で、聞き耳を立てているはずの清潔な白衣を着たその女が、自分の声に性的に感じたと錯誤するかもしれない。
 しかし、期待に反してドアを開けたのは、レン・スコットだった。手にはポリエチレン製の表紙をした、青いファイルが1冊抱えられていた。それは、彼が長い間見ていなかった種類の純粋な青だった。彼が20日以上、目を使う必要がなかったということだ。意識を失っていたのだ。

「やあ。ひさしぶりだな、ロジア。君は2週間以上、気を失ってたことに気がついてるのかね?」
「25日間だ。
 あんたは俺の眠ってる間に、俺の分の精気を奪い取ってたらしいな。」
 ロジアは、少し口をつぐんで、血色の良くなったと思える、スコットの顔を見た。それとも、青いファイルを持っているから、そう見えるだろうか。
「いや、元気そうで良かった。事件の経過を説明してやるよ。
 君はうまく、君の神性神経と一体化して、銀の鍵の空間歪曲を無力化してくれたんだよ。
それで、俺たちは、爆薬を使って壁をぶち抜いて、部屋に入った。トリノフェタの死体はちゃんとあったよ。しかし、あの銀の鍵の歪曲空間は特殊だったらしくて、不思議なことに、トリノフェタの死体は死後1時間の状態で見付かったんだ。まったく、何から何まで理解不能だ。でも、そういう事は、君らが専門だからな。それから、君の体は、君の指示どおりに、キファが洗浄したんだ。それで予定通り今日、君が目を覚ましたというわけだ。」
 レンは、無言でうつむきがちにベッドに座るロジアに、その耐えられない程に青色のファイルを手渡すと、腰を浮かせ気味にこう言った。
「もっかグリセル・ゴトルヒンの捜査は進行中だ。人相書きも、アコイル97位神性意識に作ってもらったしな。かなり歳をくった、太り気味の奴だ。
 それも、ファイルに入っているから。君はキファと組んで、実験の詳しい解析でもしててくれ。何か証拠が見付かるかもしれないしな。
 キファは午後には来るはずだ。」
 ロジアはレンの出ていく、金属質のドアの金具の音を聞いていた。
「何もかも、予定通りか。」
私たちの予定か? それとも、私たち以外の、ではないのか。犯人、あるいは、スファルト・ラム・フォトの。
 私が見た女の子の幻は、本当に私自身と言えるのだろうか。
 ロジアは白いシーツの上で、自分の手をゆっくり閉じていくのを見ながら、女の子の柔らかい手を思い出そうとしていた。
「私の見たのは、太った年を取った男などではなく、ダークスーツの男ともう一人の男だった。彼等は両方とも若くて、痩せていた。わたしはなぜ彼等を見て微笑んだりしたのだろうか。」

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