エテルキフ SF小説 : 著 岩倉義人

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9章

 真っ黒く塗られた鋼鉄の机に腰を掛けている男がいた。
 その色を血に錯誤する事も今は出来るはずはなかった。
「なんとかしなくてはいけない間題か。
 グリセル・ゴトルヒンとは一体誰なのか。
 98位意識の中には記憶されていなかった。しかし、ロジアという男の得たグリセルの心理方程式を使えば、人種差から精度は落ちるだろうが、アコイル97位に演算させれば、顔は分かる。
 神官警察とロジアの奴には、何か別の人相書きでも渡してやれば用が済む。
 しかし、ロジアという男の研究とやらが、これ以上進んでは厄介かもな。
 全部、計算の範囲内じゃないか。大丈夫だ。」

 しかし、そのダークスーツの男の肘掛けの上の手には血にも似た汗が握られていた。
 驚くほどの濃度の汗だった。背後の掛けられている絵は、一種の災害図を芸術的に表現したもので、344年前に南方のバークスシャルトルで起きた、火災と地震とが複合的に巧みに描かれたものだった。人間などというものを一切モチーフにされるはずもない、想像をするのもはばかれる美しい暴力性がその絵には見て取れた。
 しかし、見る人もいなければ、無意味な光の反射があるのみだった。赤い光の。それでも、存在意義があるとも言えるだろう。目の前に、たわいもない、ちいさな暴力と呼ばれるものに打ちひしがれた人がいる場合は。

「暴力的知性はやさしさと呼ばれているものを、持ちうるのか? 
 そんなはずはあるまい。」
 99位神官スファルト・ラム・フォトは、自分のつぶやきを、無声の声帯の震えに感じることは、なかった。
 彼が唯一、恐れていたのは次の事だった。
「あの時、ロジアが化けていた女の子が少しの間、こっちを見ていたのは、俺の姿が見えたからじゃないのか? 
 まさか、絶対神性防壁を透かし見る視線をあの子は持っているのではないか。そんなことは有り得るはずはない。
 しかし、俺の顔を見て、少し微笑んだではないか。
 俺の絶望を透かし見て、微笑んだのではないのか?」

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