エテルキフ SF小説 : 著 岩倉義人

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4章

 捜査室の中をまたあの青白い光が横切っていた。街路樹の紫外線灯だった。しかし、その光と同時に、部屋に入ってきたものがあった。神官衣のコートの肩に、紫外線と同じ色のほこりを少し舞わせていた。胸のポケットにはめったに使わない、身分証明書が入っていて、そこにはガリガリにくたびれた青白い顔の写真が張り付けられていた。そのとなりにはレン・スコットと印字されているはずだった。
「ロジア。まだ帰ってなかったのか。」
 部屋の隅のほうで、黒いデスク板にうつぶしていた男が顔を上げた。机に置かれている書類の表紙を見ると、こう書かれていた。「生命体物質構造における神性神経化の可能性」
 「どうしたんだ。魔工大学の研究なんて持ち出して。何かの気晴らしか? 
 こっちの方じゃ、やっと進展があったんだ。セミ・トリノフェタの亡霊おやじのことについてだ。99位神官を通して3週間前に質問状を出したんだが、やっと答えが帰ってきた。91位エファグ神性意識が答えたんだ。
 トリノフェタ家というのは、元はコメールオル貴族だったらしいんだ。500年前はな。
コメールオルというのはジスの北300kmのところにある、泥沼の毒の湿地さ。今では誰も住んでる奴はいないはずだが、大昔にはうちらよりもずっと高度な都市国家があったらしい。しかし、500年前の大洪水ですべて泥と水の底に埋もれてしまい、原因不明の疫病まで出て、今もそのままの地獄というわけさ。」
「その、地獄の主がなぜうちらの国にいる? その時は国境が封鎖されてたんだろ。密亡命というのがありうるとでもいうのか。」
 居眠りをしていたはずのロジアの目が、黄色灯に光っていた。命を模擬的に見せる、ホログラムの玩具を思い起こさせた。その黄色の目を閉じろ! といつかレンは言ってみたかった。
「君は知らないだろうが、不法移民と呼ばれている奴らがジスには幾らでもいる。だがその一方で普通のジス国民と混じり合うことを許された者も居るんだ。これは核熱鉄器の奴が慎重に隠していた事なんだが、その時の権力者、知識階級といった、一部の奴らのみが、正式にジス国への亡命を許されたらしい。しかし何者かによってそのほとんどが暗殺されて、その血筋は残っていないという話だ。」
 「何者かという暗殺者が500年かけてその仕事を終えたというわけか。」
 「そうだ。セミ・トリノフェタは最後のその直系の一人だ。だからその血統の可能性のいくらかある、数人のところに網は張っておいた。だが、犯人はその暗殺者とやらに決まったわけでもないしな。」
 その話の途中にも再びロジアの目は机の上の書類に落とされていた。事件への無関心さを装っているように。
「生命体物質構造における、神性神経化の可能性について」か。
「一体何だね。それは。」
「開けるのに不可能な鍵を開ける、唯一の可能性さ。危険すぎる、神をレイプするものへ変身するための方法だ。私の最近の研究なんだよ。具体的に言うなら、自分を構成している物質の原子そのものを、自分の精神・心理反応式をもちいて、神性神経化するものだ。
理論的には空間の歪み方を自由に自分の意思でコントロールすることが出来るようになるはずだ。銀の鍵の機能そのものを麻痺させることが目的だ。」
 ロジアは今まで生まれてきたものの中で、初めて得たような冷静さで武装していた。
「協力してくれるな。」
「ああ。わかった。」
 レンは外に空気を吸いにいくふりをして、捜査室の戸を開けた。
あの男のことは、やはりわかりたくもないな。スコットには外に光っている等間隔の光、有害な紫外線灯の方がよっぽど好ましく思えたのだった。
 ロジアよりもだ。
「より高位の神経という意味でしかない神性神経に、本当の意味での神の字を空想の中で当てはめるようになったのは一体、何時からなんだろうか。」
 レンはポケットの中に、ロジアのメモをガムの包み紙のように丸めて押しんだ。

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