詩集:著 岩倉義人

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「脳髄とガラス」

私はその時
33枚の割れてしまったガラスを踏みしめて、
クレス港へと向かっていました。

割れたガラスの一枚一枚には、
やわらかくて温かい、
湿った花びらが映し出されていて、
その幻の芳香で、
私は今にも息が詰まってしまいそうでした。

私の頭蓋骨の中に
大切にしまい込まれた、血で出来た、
思い出の中にちいさな小鳥が住んでいたのです。

私は割れてしまった、
ガラスに映る、花びらの一枚を、
指先を傷付けながら、拾いあげると、
その小鳥に食べさせてみることにしました。

あわよくば、その小鳥が死んでくれる事を祈りながら。

ああ。でも、私がそんな事を
考えたこと自体が間違いだったのです。
私は今すぐにでも
クレス港に向かわなければならなかったのに、
そうすることができませんでした。

今頃クレス港では、
長い針を持った兵隊たちに、私の父と母は
その針で突き殺されていることでしょう。

私は頭の中にいる、
小鳥を今すぐに殺すことはあきらめて、
生かしておくことにしました。
私の脳髄液を飲ませておきさえすれば、奴は満足なんです。
だから心配しないでください。

鳥はそんな優柔不断の私をこんな文句で、馬鹿にし始めました。
「殺せない。殺せない。まぼろしのなかの鳥は殺せない。
幻の奴隷。幻の奴隷。幻のフンはこびりついて、
なかなか取れない。」
そういう風にキイキイ歌いはじめました。

私はそれを聞いて、
なによりも率先して、鳥の息の根を止めなければ
ならないことを悟りました。

私は自分の頭蓋骨の中を火あぶりにすることにしました。
私は割れたガラスの一枚をウイスキーに浸すと、
それを舌の上に乗せ、
ごくりと飲み干しました。
そしてそのあと、火の付いたマッチを飲み込んだのです。

その後、私の頭蓋骨の中のひび割れた風景は、
青い炎に包まれました。
やっと鳥は丸焼けになりました。
喜んでください。
私はやっとこれで、
父と母が処刑される様子を見物することが許されたのです。
ああ、巨大な針を持った兵隊たち。
私はあんまりうれしくて、思わず、少し失禁してしまったぐらいです。

私は道路のアスファルトに出来た、
大きな地割れに飲み込まれないように、
ぴょんぴょん飛び越えながら、港の方に急いでおりました。

その時もちろん、さっきのアルコールに浸した、
ガラスの破片は吐きだしたのでした。
けれども何かが少しだけ変でした。
そりゃあ、そうでしょう。
なにせ、頭の中に火を放ったのですから。
しかし、その理由はそんなことからくるものではありませんでした。

頭蓋骨という鳥籠の中で飼われていた、
その鳥は、体中に生えていた、
綺麗な羽毛を針に変え、
私の脳髄の中に静かに突きたてたのでした。
私はすべてを忘れながら、
突きたてられた針が魔法のような、
ガラスの繊細さをたたえていたことに
今やはっきり気付きました。

脳髄に突き立てられた、ガラスの破片。

後悔という言葉は私なんかには美しすぎて、
使う気にもなれませんが、
こうとだけ言っときましょう。
私の行き着いた先は、はなやかな処刑パレードなどではなかったと いうことを。

AM3:25
月が地平線に沈むのと同時に、
甲虫の兵隊たち、32本の巨大な針を、クッファ・レスク(46)
とその妻イナ・レスク(36)に突き立て処刑した。
ザザムシの神官はその時吹き出した血で、
地面にカタツムリの絵を書いた。
その30分後、神官と兵士は藁で出来た船に乗り、
クレス港を出航した。

その日の太陽が昇ってから、やってきて、その絵の上に
寝転んでいた少年が、罪人の息子だという。
彼はそのあとなにやらわめいていたが、
神官冒涜の罪でその後すぐにどこかに連れ去られた。
きっと両親と同じ運命になることを
本能的に望んだのであろう。

彼はその時、両親のことは全く口にせず、
周りの見物人に、自分の脳みそに刺さった
ガラスを取り除いてほしいと頼んでいた。
見物人が気味悪がって逃げ出したのも
無理もないことだ。

脳髄とガラス
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