「ギテエン」
彼に会う事、それは私に空の色を忘れてしまえという事。
水溜りの中で溺れる蝶。
蝶は水溜りに映る、雲の中で溺れていた。
蝶は空の青を溶かしこんだ水を腹いっぱい飲みこんで、満足したんだろうか。
私は石ころをつかむと、その中に投げこんだ。
引き裂かれた空はしばらくすると、何ごともなかったかのように元に戻った。
今の私にはそんな事さえも辛く感じた。
私は水溜りの底に沈む蝶をすくい上げると、それを道路の方に投げ捨てた。
すると、その丁度真上を猛スピードで自動車が駆け抜けて行った。
私は蝶の内蔵が弾けて、タイヤに緑のしみを作っている様子を想像した。
しかし、まだ蝶はしつこく生きていた。
蝶はまた何台か車をやりすごすと、今度は体を引きずって、前に歩いた。
私はその余りにも無様な様子を笑うことしかできなかった。
蝶は最後の車にひかれそうになった瞬間に姿を消した。
きっとどこかに飛んでいったのだ。
そして、どこかで死んだ。
そうに違いない、蝶は死ぬためにだけ飛び立ったのだ。
ただ、そこではないどこかで。
たぶんそこはギテエン空間と言う名前だ。
私の彼も多分そこで、私を待ち構えているはずだ。
そうだとしたって私は構わない。
私にだって、あなたを終らせることが出来る。
あなたのお終いは白い羽根の跡。
私は手を伸ばすと、それを優しくむしり取るの。
私にはあなたの血の色が緑色だってことが分る。
あの蝶と同じいろ。
それに引き換え、私の血の色は青い。
あの水溜りに引き裂かれた、空の色と同じ。
あなたが私をギテエン空間に導くと言うのなら、
私は蝶の羽根をあなたに渡してあげる。
その羽根はあなたの腐った指を貫いて、地面に影を落すでしょう。
その鱗粉の中で私は生き抜いてみせる。
だって、私には
齧りかけのリンゴを
そのままにしておけるほどの
価値が無いんですもの。