水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

Page 35 <back >next page >目次へ

7章 4 見守る者

「起きなさい。フレイシー。もう大丈夫だ」そう優しい声がどこかでした。だけどまだフレイシーは何も見ることが出来なかった。「ああ、ごめん忘れていた」そうまた声がしてしばらく時間が経った。すると何か不思議な力が頭の中にどっと流れ込んできてフレイシーの視力は回復した。彼女の目の前には見慣れない男が立っていた。彼は緑色のしわしわのコートを着ていて、頭の髪の毛もボサボサに伸び放題だった。年は良く分らなかったがかなり老け込んでいる様子だった。何分かの間、視力が十分に戻るまではその男の姿しか見えなかったけど、やっと自分の置かれている状況が分ってきた。そこは不思議な監獄だった。
 すべすべしたオレンジ色のタイルが満遍無く敷き詰められていて、そのタイル自体の内側から柔らかい光が差してきていた。フレイシーが寝かされていたところには質素な黒い毛布が一枚だけ置かれていた。そこは狭い部屋だった。
「レイダルスはどこ? 彼は死んでしまったの?」
 そう聞くと男はまたゆっくりと暖かい声で答えた。「大丈夫だ。彼は死んだりしていない。だけど今は会うことはできないんだ。そして済まないが今はこうして話している時間もほとんど無いんだ。だから必要な事だけを言っておこうと思う」
 そう言うと男は床に落ちていた毛布を手に取ってフレイシーの肩にかけた。「この部屋は意外と寒いようだ。あまりここには火の力は届いてはいない。だがそのおかげで奴等にも見つからずに済む」
「ねえ、地下の大人たちが反乱を起こしたってほんとなの? それにその人たちは一体何を望んでいるのかしら」その男はふふっと笑うと部屋の反対側まで行きそこに置かれていた端末を持ってきた。そしてそのスイッチを入れながら言った。
「さっきから質問ばかりだな。聞きたいことが山ほどある、そういう年頃なんだろう。だけど、まず最初にこちらの質問に答えてもらおう。君はホンセ・リーラーをどうするつもりだ?」なぜ自分とホンセ・リーラーの関係を知っているのだろうかと思いながらフレイシーは答えた。
「私はホンセ・リーラーを解放します。彼は今、砂の姫と魂の半分を共有しあっていてそのせいで返って不安定になっていると思うの。だから、その共有しあっている部分のコードを取り除けば全てうまくいくはず」それは水の姫から聞いた話だった。そのためにフレイシーはわざわざ砂の国に急いで帰って来たのだ。
 だがそれを聞いても男の表情は一切何も変わらなかった。だがしばらく間が開いた。「そうか、確かにそうかもしれない。だがどうやってコードを取り除く。彼は守護コンピューターに守られていて手も足も出せないぞ。今でも守護コンピュータの何人かは生きているはずだから」
「大丈夫です。きっと私なら近づける。レイダルスもそれを認めてくれました」
「レイダルスか、ところで彼が今どうなっているのか知りたくないか。私が見せてあげよう」そう言って彼は端末のスクリーンをフレイシーの方に突き出してきた。その画面の真ん中には小さな鷹がうずくまっていてその回りをオレンジの炎が卵の殻のように何重にも取り囲んでいた。彼は気を失っているようだった。
「彼は今、炎の御座所に閉じ込められている。主人である砂の姫が正常でいられないのにその家来がのうのうと生きているのもおかしいだろう。だけど勘違いしないで欲しい。これは彼を守るためにそうしたのだ。もし閉じ込めなかったら奴等は彼の事を破壊してしまっていただろう。
 その奴等とは誰かという話だが、彼らはもとは私の仲間だった。私は彼らと共に砂の姫のことを監視していたのだ。もっとも最初は監視などと言っても名ばかりでネットワークに流れる守護コンピュータが消すことの出来なかったデータの断片をつなぎ合わせて彼らの動きを推測するとかそういったことしか出来なかった。
 だが、水の国の使者がやってきたとき辺りから状況が変わってきた。彼らの防御は混乱しいつでも自由に出入りすることさえ出来るようになった。ホンセ・リーラーが異常を来たし始めたからだ。そして最後には彼を活動不能にすることさえ可能にになった。私はそれに反対したのだが仲間はその話を聞いてはくれなかったのだ。
 最初はこの国を救うために活動を始めたのに最後には破壊することだけが目的になってしまったのかもしれない。本当にありがちな事なのだが仕方がないことだ。確かにホンセ・リーラーと砂の姫の両方を破壊して新しくやりなおすか、それとも彼らを修復してなんとか持たせるか選択は二つに一つしかない。だが、もし砂の姫を殺してしまったらその瞬間にこの国は水の国に飲まれてしまうだろう。彼らでは火の力を制御することなんて出来はしないからだ。だから私も君を手伝おうと思う。
 というよりも本当によく来てくれた。私はルファイス・アングロード、君の父親だ」
 突然、目の前に現れたしょぼくれた男から自分が父親だと聞かされてフレイシーは動転した。ずっと見えない所に隠れていてどうしてこんなときに出てきて自分のことをしゃべりだしたりするのか納得出来なかった。
「何言ってるの? あなたは。私がそんな話を信用すると思ったの? だけどあなたの助けは必要ありません。私は一人で行きます。ただ出来ればレイダルスのことを解放してくれませんか? 彼は一緒に行きたがると思う」
 ルファイスと名乗った男は少しだけさびしそうに笑った。「そうだな。訳の分からない話をして済まなかった。レイダルスを解放しよう。だけどその前に私の仲間たちのことを始末しないといけない。そうしなければ大変なことになってしまうからだ」
 そう言ってから彼は端末の青いボタンを押した。
「これでもう大丈夫だ。彼らの中枢は破壊された。それと同時に地下の人間の地区の機能も完全に麻痺してしまった。だが復旧プログラムが走れば全ては元通りになるだろう。それまでの時間はおよそ一時間程度だ。その間に君が済ませたいことをやり遂げるんだ。私に出来ることがこれぐらいしかなくて済まないと思っているが」
「ええ、でもありがとう。これで先に進めるわ。レイダルスがこちらに向かってきてるのがなんだか分かる気がする」
 そう言うとフレイシーは男を残して部屋を出た。部屋の外は恐ろしい広さの空洞でそこもまたオレンジ色の光で満たされていた。なんだか蒸し蒸ししていてサウナみたいだった。沢山の小さな穴が壁一面に開いていてそれが部屋になっているようだった。こんなところが楽園と言われていた大人たちの住む場所だと思うとフレイシーは吐き気がした。
 沢山の人間達が住んでいると思われたが外を出歩いている人は誰もいなかった。きっとさっきの男がしたことによって全てが麻痺してしまったのだろう。
 するとずっと遠くから虚空を越えて何かが近づいてきた。すごいスピードで光の玉が近づいてきた。またさっきの緑色の光の罠かと思ったがそうではなかった。レイダルスがやってきたのだ。
 彼は素早く彼女のすぐそばに下りるとフレイシーはすぐその背中に乗った。それから炎の鷹は飛び立ってどこかに消えてしまった。飛行機雲のようにそこに残された炎の帯がだんだんと薄れていくのを見ながらルファイスは考えていた。自分のしたことが許されるのかどうかということを。だが全てを知ったらフレイシーは許さないだろう。だがそれで良い。と彼は思った。
 彼がフレイシーにあることをしたのは彼女が生まれた時だった。それはホンセ・リーラーを混乱から救うために取られた手段の一つだった。それは彼女に普通の人とほんの少しだけ違う何かを与えた。そして、そのことがいつかは効果を現すだろうと思っていたのだが、長い間何も起こらずにそれは忘れ去られていた。だがルファイスだけは忘れていなかった。なぜならそれが自分の娘だったから当たり前といえば当たり前だった。だけどそれが彼女に恐ろしい苦しみをもたらすかもしれないということをルファイスは忘れていた。というよりも忘れたふりをしていただけなのかもしれなかった。「どちらにせよ、全てはうまく行きつつあるんだろうか。それともそれこそが砂の姫が望んでいたことなのかもしれない。だけど今は何が起こるかを待つだけだ」もし何も起きなければ仲間が自分を殺しにくるだろう。彼らは裏切り者を許さないからだ。だがそれも水の国から膨大な量の水が押し寄せてくるのに間に合えばの話なのだが。

<back >next page >目次へ
Copyright (C)2004-2018 Yoshito Iwakura
http://lezarakus.nobody.jp/
このサイトはリンクフリーです
相互リンクサイト募集中