水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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7章 5 闇の中に生きる者

 その大きな部屋の中央部分の床にはオレンジ色の光の線で複雑な幾何学模様が描かれていて、時折床の割れ目から炎が吹き出していた。そしてその瞬間だけ星型に炎が浮かび上がっていた。その内側には四人の真っ白なマントを着た人が星型の中心を取り囲むようにして立っていた。彼らは全く身じろぎもしなかった。彼らの一人が言った。だが彼らの言葉は本当は彼らの喉の奥から生み出されている訳ではなかった。
 その声は壁に埋め込まれたスピーカーから流されていた。それもそのはずだ。彼らは自分の声帯を自分の体の中に持っていなかったからだった。
「これで反乱を起こした人間達の処理も終わった。あとはフレイシーだけか」するとそれにもう一人の白いマントの人が反論した。それは女の人の声だった。
「そうではないはず。私たちにはフレイシーが必要です。彼女が来ないとホンセ・リーラーが崩壊してしまう」
「果たしてそうだろうか。ホンセ・リーラーを崩壊させたのはフレイシーではないだろうか」その話にまた一人加わった。「そうとは思えない。崩壊させようとしたのは他の人間達で彼女は違っていたのではないだろうか」
 そんなふうに延々と不毛な議論が続いていたが彼らが取り巻いている場所の外側で小さなうめき声がした。すると話し合っていた声はピタリと止んだ。そして白いマントを着た一人が手を上げると辺りは直視出来ないぐらいのまぶしい光に包まれた。そうしたら微かな声は止んでしまった。息の根を止められてしまったのだ。
 その死んだ男は白いマントを着た四人のすぐ近くにいて、床に描かれた星型の外側にばらまかれた荷物のように横たわっていた。そこには沢山の人たちがいた。その姿が四人の守護コンピューターが放った光が消えるまでの間だけ浮かび上がった。彼らはほんの少し前までは全員生きていてその星型の中央部にあるホンセ・リーラーの中枢を破壊しようと狙っていたのだった。守護コンピュータが命をかけて守ろうとしていたのだが彼らには手も足も出せなかった。なぜなら反乱を起こした大人たちが守護コンピュータのプログラムを書き換えて自分たちのことを知覚できないようにしてしまっていたからだ。
 本当にさっきまで計画はうまくいっていた。だけど最後の瞬間に何かが起こった。彼らの持っている独自のコンピュータが完全に止まってしまい、全てが「正常」になってしまった。その時から守護コンピュータは彼らを認識し赤子の手をひねるよりも簡単に処理してしまったのだ。彼らは誰かが自分たちを裏切ったかを知る時間もなく全員死んでしまった。だが意識を取り戻しつつある守護コンピュータは混乱していた。彼らの司令塔である、ホンセ・リーラーはまだ眠ったままだし、何が正しくて正しくないのか全く分からなくなってしまっていたのだった。彼らは意見をぶつけ合い、そしてお互いを破壊していった。そうやって出口のない問答を繰り返すうち、彼らの仮想の姿は掠れていった。それから本物の亡霊のような姿になってほとんど何も分からなくなったときに何かがやってきた。 彼らはそれを何十年も待ちかねていたのにもうそれが分からなくなっていたのだ。守護コンピュータたちは近づいてくる小さな光の火の玉に対し攻撃をしかけた。
 だがその火の玉はすばやく攻撃をかいくぐって近づいてきた。もう守護コンピュータたちには攻撃する能力がほとんど残っていなかった。お互いを攻撃し合ううちに攻撃システムはズタズタになってしまっていた。
 その火の玉はずっと通りすぎて行ってしまって、すぐに戻ってきた。するとその時声がその大きな部屋に響いた。「お前たちは自分が何をやっているのか分かっているのか。早く攻撃を止めるんだ。私は赤い使者レイダルスだ。フレイシーと共にやって来た。やっと扉は開かれるだろう。それをお前たちは待ち望んできたのではないのか?」
 それでも攻撃は止まなかったので小さな炎の鷹は青い火柱を吐き出した。それはぐるっと縄のように守護コンピュータたちの回りをめぐって縛り付けた。すると彼らの悲鳴がスピーカーから流れた。それは偽物の声だったけど返って気味が悪い響きをしていた。
「もうやめてレイダルス、もう十分だわ。あとは下ろしてくれれば私が行って話をしてみる」レイダルスは何も答えなかったがそっと地面に下りた。フレイシーは鷹の背中から下りて守護コンピュータたちに近づいて行った。そこまでの床には沢山の死体が転がっていたがそれをまたいで彼女は歩いて行った。
「こんなふうに殺してしまって。あなたたちは一体何を望んでいるの? この国が無くなってしまうこと? そうじゃないでしょう。少なくともホンセ・リーラーはそれを望んでいなかった。彼は砂の姫を守ろうとして傷ついてしまった。それに国の人たちも守ろうとしていた。あなたたちだってそうじゃなかったの? 思い出して」
 その時、守護コンピュータの一人が顔を隠していた白いマントのフードをさっと下ろした。するとどこかで見たことのある輝く金髪が姿を現した。それはエイテルシー先生だった。フレイシーはびっくりしてしまった。
「エイテルシー先生、どうしてあなたがここにいるんです?」それを聞いて先生はふふっと笑った。「それを言いたいのは私の方です。まさかあなたがここにやってくるなんて。規則違反です。今すぐ学校に帰って授業を受けなさい」もしかすると先生は本当に狂ってしまったんじゃとフレイシーは思った。そしてこう言った。
「いいえ、帰る訳にはいきません。もうあなたのお説教は聞き飽きたわ。でも私の言いたいのはそんなんじゃなくて全部もう沢山ってことだけ。だから私のこれからすることの邪魔はしないで」
 また一歩フレイシーは床に描かれた星型の中心に近づいた。辺りは吹き出す炎で皮膚が焼けてしまうほどの熱気に包まれていた。エイテルシー先生は今度は大声を出した。「ああ、フレイシーどうしてあなたは分かろうとしないのです。あなたがしていることはあなたが望んでいることと全く逆の事なのに。それが分からないのならあなたも処理するしかないようですね。だけどそんなことをさせないでください。私はあなたたち生徒を愛しているのですから」
 フレイシーはそれを聞いていると何故か知らないうちに涙があふれて来ていた。「愛してるなんて言わないでください。私にはそんなものは必要ない」そして先生が上げた手のひらから真っ白な光が自分に向かってぐんぐんと迫ってくるのが見えた。フレイシーはあの光が自分に届いたとき自分は死ぬのだと思った。
 だが光は届かないうちに消えてしまった。レイダルスの再び吐き出した炎が彼女のことを焼き尽くしてしまっていたからだ。レイダルスの声が遠くからかすかに聞こえた。
「今のうちだフレイシー。守護コンピュータは狂ってしまった。後の三人は自分の内側を見つめるのに必死で全く外の世界を見ようとはしていない。彼らが気づかないうちにさあ、早く!」
 フレイシーは無言で頷くと床に描かれた炎の星の中心部分に近づいて行った。そしてその中央には白くて光る台座が置かれているのがやっと見えてきた。それは少しお墓に似ていた。後の三人の守護コンピュータの脇を通るときフレイシーは思わず目をつぶったが、彼らは何もしなかった。
 そしてフレイシーは台座のすぐそばにひざまづくとポケットを探して水の姫からもらったものを出した。それは周りに渦巻く激しい炎の中でも静かに海の色をたたえていた。それは水の鍵だった。それから台座の中央に小さな鍵穴があるのを見つけた。フレイシーは手を伸ばしてそこに鍵を差し込むと回した。すると鍵穴は鍵をすごい勢いで吸い込んでしまった。「これで終わったのかしら。でも何にも起きていないみたい」フレイシーはずっと前にホンセ・リーラーと会った時に虹色の鍵を端末の中で差し込んだのを思い出した。「あの時は幻の鍵だったけど、今度は本物の鍵だった。さあ早く目を覚ましてよ! ホンセ・リーラー。いつまで眠ってるつもりなの」
 フレイシーがそう叫んでからまたしばらく時間が経った。あたりに渦巻いていた炎はいつのまにか消えてしまっていてほとんど真っ暗になっていた。ただ非常灯の小さな光が辺りを照らしていた。
 その時フレイシーの頭の中にもしかして水の姫が嘘を付いていたんじゃないかという思いが一瞬だけ頭の中をよぎった。やっぱり姫は砂の国を滅ぼすために自分を利用したんじゃないかという思いが。「だけどそんなはずはないわ。彼女は砂の姫とは違うもの」
 それでも砂の姫は自分の国を守るためにイルミスを騙したんじゃないかという声が自分の中でした。「だけども砂の姫はやっぱり間違っていたんだ。殺すことで生き延びるのは私は嫌だわ。それなら自分の国が滅びたっていい」
「ふふ、君らしい、考え方だな。やっと目が覚めたよ。ありがとう」ホンセ・リーラーが真っ白な台座に座っているのが見えた。彼はまた奇妙な紫のスーツを着ていて髪の毛も全部紫色だったが目だけは赤く光っていた。彼は前よりも少し痩せたように見えた。
「ああ、やっと起きたのね。もう死んだのかと思った」
「そう私も死んだものだと思っていた。私は人間達に自分のデータの三分の一を壊されてしまったとき自分を消去して砂の姫だけを生き残らせようとした。だけど砂の姫がそれを封じたんだ。私は何もすることが出来なくなって途方にくれていた。もうどうしようもなくなって自分たち全体が消えるのを待つ以外に出来ることはなくなってしまった。私はもう全てをあきらめたんだ。だがそうしたらいつの間にか意識を失ってしまっていた。だけど夢の中で見たんだ。君が助けに来てくれるのを」
 フレイシーはふてくされた顔をしてホンセ・リーラーのとなりに座った。
「ほんとにあんたは世話が焼ける。でもあなたが水の国にどうしても行ってくれって言った訳がやっと分かった気がする」
 それを聞いてホンセ・リーラーは頭を振った。
「そうか、分かったのなら言うこともないか。だが、君のおかげで助かったことも事実だ。姫もきっと正気を取り戻しつつあるだろう。でももう彼女のことはほとんど分からない。私と彼女の共通部分は永遠に失われてしまったからだ。もうこれからは彼女とは「他人」になったんだな」
「ふふふ、そうね。そうしたらやっと砂の姫のすごさが分かるわ。彼女がどんなに残酷かっていうことが」
 しばらくホンセ・リーラーは黙ってうつむいていた。
「だが、なんとかなるだろう。これから国を立て直さないといけない。まだ沢山の大人たちが地下に行き残っているし、地上にも子供たちがいる。私はそれでも砂の姫と共に進んでいくつもりだ」
「そう、良かった。もう全部止めたとか言うのかと思った」
「それも良いかと思ったけどそうもいかなくてね。フレイシーみたいなやつらがいくらでもいる状況じゃ、おちおちバカンスにも行ってられない。すぐに国が海の底に沈むだろう」
 フレイシーはただ黙って笑っていた。
「それで君はどうするつもりだ。一生この穴蔵にいるつもりじゃないんだろ」
「ええ、そうよ。まずはまたペガサスに乗って水の国に行くわ。イルミスを放ったらかしっていうわけにはいかないしね。まあ私は彼なんていなくても平気だけど。パルスがきっとさみしがるもの。彼はイルミスの頭で足の裏の汚れを拭くのが趣味なのだし」
 そう言ってフレイシーは台座から立ち上がった。レイダルスはいつの間にかどこかに去ってしまっていた。多分砂の姫の様子を見に行ったのだろう。なんだかんだ言っても彼は彼女にぞっこんなのだろう。
 するとずっとずっと上の塔の天辺の穴を越えて何かが近づいて来るのが感じられた。小さな白い光が近づいてきた。その光はペガサスだった。ペガサスはブルルと鼻を下ろすとまるで自分の体重が無いかのようにふわっとフレイシーのとなりに下りた。フレイシーは暗い穴の中でもまぶしく光っているペガサスのたてがみをそっとなでた。そうしたら声がした。
「僕も置いていかないでよ。僕だってもう一度水の国に行きたいし。この国は砂ばっかりでこげ臭くって嫌になっちゃったんだ」フレイシーはペガサスから下りてきたリレーパーの頭をくしゃくしゃとかいた。
「あれ、水の国は嫌いじゃなかったっけリレーパーは。あそこにいたら何でも全部腐ってしまうって」
 ペガサスにまたがってからフレイシーは振り返った。するとホンセ・リーラーの姿はもうそこにはなかった。きっともう自分の本来の居場所に戻って仕事を始めたのだろう。それでいい。とフレイシーは思った。本当は見送ってくれなかったので少しさびしかったのだが。
 それからペガサスはぐんぐんと塔の中を登って行った。そして塔の天辺からすぐに外に飛び出した。外の世界は星の光に満たされていた。「あれ、そういえば砂の姫に会うのを忘れていたわ」でもまた何度も会う事になるかもしれなかったから今はいいやと思った。
 彼女はきっとこの国に生きつづけてこの国を守り続けるのだろう。それは水の姫も同じことだ。「さあ、待っていなさいよ、イルミス! 早く迎えに行かないと彼が水の国の王になってしまうかもしれないから」自分で考えてもそれは気味が悪かった。だけども勝手にすれば良いとも思った。
「はい! これフレイシー」外を飛んでいるとリレーパーは何かを手に押し付けてきた。それはパイナップルのジュースのパックだった。それを飲みながら思い出した。ずっと前そのパックをイルミスが投げつけてきたときのことを。
「あいつ! ほんとに頭にくる!」
 だけどイルミスが生きていてくれてほんとに良かったとも思った。これから水の国と砂の国では何が起こって行くんだろう。だけどもペガサスがたどり着けば嫌でもそれを見ることになるだろうということは分かっていた。
「とりあえずもう一本あるジュースは奴に残しておいてやろう。水の国だとろくなものがないだろうし」
「そうだね。イルミスは水の国にいるのに何も飲むものがなくて干からびて死んじゃってるかもしれないし」そう言ってリレーパーは笑った。

終 水の国の姫

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