水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

Page 33 <back >next page >目次へ

7章 2 砂の姫

 それからしばらく飛んでフレイシーたちはやっと砂の塔の天辺にたどり着いた。塔の上ではレイダルスが今や遅しとフレイシーたちの到着を待っていた。彼は今度は鷹の姿ではなく人の姿になっていた。「やっと来たのか、遅かったな。姫が待っているからすぐ来るように」彼はフレイシーたちが気軽に帰ってきたかのように言った。恐ろしいぐらいの距離を飛んで来たのにそれすら彼にとってはどうでも良いことなのかもしれなかった。
「分ったわよ。行けば良いんでしょ」ここでもしレイダルスのことを放っておいて家に帰ったらどうなるんだろうとフレイシーは思った。そうしたら彼は血相を変えてまた鷹になって飛んでくるのだろう。そして無理矢理にでも姫の前に連れて行くのかもしれなかった。
 リレーパーは馬から降りるとそっとフレイシーの手を握った。「早く終らせてしまおうよ」彼はそう明るく言った。そうだ、簡単に済むことなんだ。そうフレイシーは自分に言い聞かせた。
 そしてフレイシーたちはガラスのエレベーターに乗って砂の姫の部屋へと下りて行った。そこに来たのは初めてだったが、前にもそこに来たことがある感じがした。なぜかそこはホンセ・リーラーの幻の中の部屋にとても良く似ている気がした。「そうよね。やっぱり似ている。でもそれは当り前の事かもしれないけど」砂の姫は薄暗い部屋の中で背中を向けて座っていた。黄色い砂ばかりが目立つ部屋の中で不釣り合いに見える、豪華な白い皮のソファーに座っていたのだった。姫はフレイシーたちがすぐ近くに歩いてきても振り返らなかった。レイダルスが先に姫の近くに寄って、何かをつぶやいていた。姫の「そう」と言う声が空ろに部屋の中に響いていた。
 フレイシーはなんだか失望してしまってだんだんと怒りが込み上げてきた。だけど出来るだけ冷静な口調で言った。「砂の姫、私たちは帰ってきました。それは今度はあなたに命令されたからやって来た訳ではありません。ですが、必要な事なのです」すると姫の笑い声が部屋の中に響いた。
「必要な事? それって一体何なのかしら。私が生きていてこの国がある事? それとも私が今すぐ死んで砂の国が海の底に沈むことかしら? どちらにしても、もう私には同じこと。もう全てが滅びてしまったのだから」
「姫は一体何を言ってるの?」今度はレイダルスに説明を求めた。彼は多少うろたえている様子だったが、何とか声を押し殺して言った。
「確かに言いにくいことなのだが、君たちが旅立ってから色々なことが起った。その全てを説明することは出来そうにないが…」
「何なの話して」
「まず始めに普段はこの国の中ではほとんど姿を見ない、あの巨大な蝶がたくさん現れ始めた。君たちが帰ってきたときに海の上で会ったのと同じ奴だ。だがいつもならそういう奴らが来ても砂の塔が鳴って追い払ってくれるはずだった。だが、その時は塔は全く鳴らなかった。何か地下で異常が起ったようだった。城の警備の兵と私は何とかして蝶を町から遠ざけようとした。だけども多数の国民が犠牲になってしまった。全くそれは、私の力不足から起ったことなのかもしれない。
 その後で私は地下で何が起ったのか確かめようとした。だが地下では予想もできないようなことが起っていた」彼はそこで話を切ると未だに背中を向けたままの姫の横顔を見つめた。姫が何かを言ってくれないか待っているかのようだった。だが姫は楽しそうに小声で鼻歌を歌っていて何も言葉を発さなかった。彼はがっかりして少しうなだれたが、また話し始めた。
「城の地下で反乱が起ったのだ。彼等は砂の姫の力の源を奪おうとした。だがそれもホンセ・リーラーが食い止めてくれた。彼自身を犠牲にして」それを聞いてフレイシーは不安になった。「ホンセ・リーラーに何かあったの? それに彼等っていうのは誰?」
 レイダルスは言いにくそうにしていたが最後には言った。
「地下にいる人間達だ。つまり砂の国の大人たちが裏切ったというわけだ。彼らは今のままでは砂の国が滅びてしまうと勘違いして全ての火の力を自分のものにしようとした。沢山の蝶を呼び寄せたのも彼らだったんだ。地上の警備システムを混乱させるためにわざと彼らはそうした。そのために沢山の若い子供が犠牲になってしまった。本当に恐ろしいことだがそれは事実だ。そしてその混乱に乗じて彼らは攻撃プログラムをホンセ・リーラーのところに送り込んできた。最初彼は懸命に防御していたが、最後には攻撃プログラムを完全に退けることを断念した。つまり彼の部下である守護コンピュータが敵の攻撃プログラムを抱き込んだ状態のまま自分自身でシステムを破壊したんだ。それにより7人の守護コンピューターのうち3人までが再起不能に陥った。そしてそれだけでなくホンセ・リーラー自身も彼のデータの三分の一を失った。そのままでは彼は死んでしまうから今は意識を眠らせてある。
 だが、最後に彼が放った一撃で敵の攻撃システムはズタズタになってしまったらしい。それで彼らは戦意を失ってしまって降伏してきたのだ」
 レイダルスは喋っている自分自身が一番信じられないといった感じで言葉を切った。
「それで彼は今、眠っているのね? それは安全な状態と言えるの?」
「確かに安全と言えば安全だ。だが反乱を起こした人間たちはホンセ・リーラー自身が深い傷を負ったことを知らないのかもしれない。なぜならそれを知る全ての手段を彼らはもう失ってしまったからだ。だが、どうにかしてそれを知れば黙ってはいないだろう」
 それを聞いてフレイシーは決心した。
「分かりました。今から彼を助けに行きます。できればあなたにも手伝ってほしいのだけど」
「手伝うも何も私にできることは全てしよう。ホンセ・リーラーが傷ついた後は砂の姫もずっとこんな調子だ。彼女とホンセ・リーラーは一心同体ともいえるシステムだったのだから仕方がないことなのだが。私は姫の配下だが実は姫から独立したところに私をコントロールするシステムがある。それが今回役に立つとは思ってもみなかった。ただ、姫をここにこんな状態で置いていくのは非常に不安だ」
「僕がいるから大丈夫だよ。砂の姫の近くで番をしているよ」
 リレーパーが言った。彼の頬は緑のフードの下で少しだけ赤くなっていた。それをレイダルスはじろりと見ていた。「良しそうだな。リレーパー、君に任せよう。誰かがやって来ても決してこの部屋には入れないように。私たちが出て行ったらこの部屋を封印してしまうんだ」
「大丈夫よね。リレーパーなら。しっかり者だし」フレイシーがそう言うとリレーパーはうなずいた。「そうだよ。安心して行ってきてよ。それよりもフレイシーの方が心配だ」彼女は少し笑った。「だけど何とかなるわ。そんな気がするの。なぜか分からないけど」
 それからレイダルスとフレイシーが部屋から出るためにガラスのエレベーターに乗り込んだとき彼は言った。「それでその策とはどのようなものだ。手短に教えてほしい」
「それは言うことは出来ないわ。水の姫との約束だもの」
「フフ。そうか、それでも良いだろう。だが、気をつけてくれ。また地下では大人たちが襲ってくるかもしれない。私はなんとか全力で君の事を守るつもりだ」
 そんなふうに彼が言っているのが不思議な気がした。前に彼はどんなことをしてでもホンセ・リーラーや自分たちのことを傷つけようとしていたのに。だが、今はそれを考える時ではなかった。「待っていて、ホンセ・リーラー」彼が瀕死の状態になっているということはすぐには信じられなかった。だけどそれも有り得なくはないような気がした。多分彼自身も分かっていたのだ。安定しているように見える砂の国だって実はそうではないということが。フレイシー自身はそのことを水の国の経験を通して知った気がした。だけど彼女は諦める気にはさらさらなれなかった。何とかして汚い奴等からホンセ・リーラーを守ってあげたかった。
「だけどなぜ大人たちは反乱なんて起こしたんだろう。もしかして私のお父さんもそれに混じっているのかな」フレイシーは今まで生きてきて父親のことを思ったことはほとんどなかった。いつでも自分の世話は自分自身でしたし、小さいときはお兄ちゃんや機械たちが助けてくれた。だけど自分の父親のルファイス・アングロードは地下の世界に実際にいていつも食べ物とかの補給物資を転送してくれていたのだ。そして十八才ぐらいになって皮膚のウイルスが落ち着いたら自分も彼らの仲間に入ることになっていた。だけどフレイシーにはそんな実感は全くなかった。それが彼らにとって大人になるということなのにも関わらず。彼らはずっとこの先一生地下に閉じ込められていてほとんど地上に登って来ることはない。「私は太陽のある世界の方がずっと好き。地下に行ったらドブネズミぐらいしか生き物がいないだろうし。あれ、だんだんイルミスに似てきたみたいだ。バカみたい」
 そういうふうに一人で考えているとエレベーターは再び天辺まで登って行った。これから先、かなりの困難が予想された。それでも朝の太陽の光を浴びながら何て気持ちが良いんだろうとフレイシーは思った。彼女のポケットの中では水の姫からもらった水の鍵が静かに揺れていた。

<back >next page >目次へ
Copyright (C)2004-2018 Yoshito Iwakura
http://lezarakus.nobody.jp/
このサイトはリンクフリーです
相互リンクサイト募集中