水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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6章 9 姫の生まれた場所

 イルミスと水の姫は偽物の太陽が降りてくるのをじっと待っていた。太陽は風を巻き起こすのに飽きたのかじりじりと降りてきて床にピタリと止まった。遠くから見ていたときはかなり大きく見えていたが近くに寄ってみるとそれほどでもないことが分かった。
「ああやって帝王気取りで僕らの事を見つめている、さぞかし気分が良いんでしょうね。さてどうやって、あの太陽の上に登るんです? 早くしないと休み終わって行ってしまうかもしれない」
 姫が黙って指差す先には細長い梯子があった。それは壁を伝って天井まで伸びていた。もともとは天井の照明器具を取り替えるために設置されていたのかもしれなかった。だが今は全ての電球は割れていたようだし、ものすごく明るい太陽が部屋の中にいればそんなものも必要とさえ思えなかった。イルミスは芋虫に「もう良いぞ。スイッチオフ」と話しかけて電源を切ってから、剣を握り直した。
 そして壁の方に駆けて行って梯子を登り始めた。姫も静かに付いてきてイルミスの後ろを登り始めた。姫のドレスはもう裂けてボロボロになっていたからたまに引っかかってももう構う必要はなかった。それから梯子の水平になっている部分に取りかかった。真上から見る小さな太陽はあまりに眩しくて見ていられないぐらいだった。
「では先に飛びます!」そう言ってイルミスは太陽に飛び乗った。彼は光の渦の中に吸い込まれていく感じがした。そして足が太陽に届いても小さな太陽は身じろぎもしなかった。「きっと気づいていないのかも。これから何をされるか分かっていたらすぐに逃げ出すだろうに。さあ、姫もこっちに来てください」イルミスが手を伸ばすと水の姫もそれを目がけて飛び降りてきた。姫は太陽に乗ってからそっとひざまづくとその表面に触れた。
「私があなたに触れるのは今回で二度目、一度目は私があなたから生まれたときだった。さあ、イルミス、太陽に水の剣を突き立てて。構うことはないのです。それで水の太陽が死んだりすることはありません。だけど、水の剣が中に返されたら彼は一体どんなふうに感じるでしょうね」
 それを聞いてイルミスは少し不安になってきた。自分がこれからすることによって何か恐ろしいことが引き起こされる予感がしたからだ。それにもう彼は騙されるのは嫌だった。だけども、彼は姫が嘘を付いていないことを信じていた。ただ、なんとなくだけれども彼には確信があった。水の剣を返すことで何かの道が開けてくるということが。問題はそれが良い道かそうでないか、の話だったのだが今の彼には何が良いか悪いかなんてどちらでも良かった。それよりも自分が何をするかの方が大切に思えた。
 だから彼は剣を持ち太陽に突き刺したのだった。思ったよりも手応えがなくプリンに刺したようにやわらかかった。それから彼は手を休めずに動かしていると太陽の上に真四角の穴が開いた。それが入り口という訳だった。水の姫はそれを確かめてからその穴の中に自分から下りて行った。イルミスもそのあとすぐに飛び込んでいった。水の太陽の中に入るということがどういうことか考えもせずに。
 中は真っ白な光で満ちていて、不思議な香りがしていた。またあの花の香りだった。水の姫はその香りの花を生きるために必要としていて、だから海の上にある同じ花を摘み取りにやってきていたのかもしれない。とイルミスは考えていた。すると誰かの声がした。姫以外の声が。こんなところに先客がいるなんて思ってもみなかったのでイルミスは驚いてしまった。
 「私だよ。クライダールだ。私はあのあとやはり姫に会うのが怖くなってしまったので逃げ出すことにした。だけど海の中を泳いでいるとすごい勢いで私の後を追う物があった。水の中の偽りの太陽だった。私はなんとかして陸に戻ろうとしたけど間に合わなかった。だから私は彼に中に飲み込まれてしまったんだ。だからもう私の肉体は無くなってしまった。だけどこんなところで君たちにもう一度会えたのは本当に意外だ。
 それでも私にも出来そうな役割が太陽から与えられたので最後にもう一つだけしておこうと思う。それは水の太陽の意志を伝えることだ」
 水の姫はそんな声がしていたのに全く聞く耳を持たないで、辺りをなにやら探し回っていた。「イルミス、彼の話を聞く必要はありません。水の太陽はたまに気が向くと自分が気に入った水の国の民を飲み込んでしまうのです。それから逃れる術はありません。そして太陽は飲み込んだ者の魂をしばらく生かしておいて自分の下僕として使うこともあるのです。早くあれを見つけないと」
 姫が探し回るうちに太陽の中に満ちていた光はだんだんと固まってきて綿のようになってきた。それは姫の指や髪の毛にからまり付いていた。
「ここは私にとって始まりの場所なのです。だから、太陽は私を飲み込んで全てを元に戻したいと願っているのでしょう。たとえ、世界の半分だけしか救えなくても彼はかまわないと思っている。だけど、そうなることはないでしょう。私を飲み込むだけでは」
 そう言って差し出した姫の手のひらには奇妙なものが乗っていた。それは小さなオレンジ色の光の玉だった。その中には地上で感じたあらゆる光が閉じ込められている気がした。全ての光がここから来たのかもしれない。姫はその光をいとおしそうに抱いていた。
「この中から私たちはやって来たのです。私と砂の国の姫とが。さあ、イルミス。水の剣をこの中に投げ込んでください。そうすれば、私の国での混乱も収まるでしょう。誰も私の力を乗っ取ることも出来なくなる。だけど私もある種の力を失ってしまうのです。だけど心配しないで。水の国は無くなったりしないし、私は姫で有りつづけるのです。だからさあ」
 姫の顔はその光の玉から出る光に照らされてオレンジ色に光っていた。だんだんと太陽の中全体もその光に染められていって、夕日の中に入り込んだみたいだった。またそのときクライダールの声がした。
「私の事を姫はかつて殺したんだぞ! こいつの言うことは何もかも間違っている。正しいのは水の太陽が言うことだけだ。彼は天の上の双子星の太陽を消し去りたいと願っている。剣を消したりすればそのことが不可能になるのが分からないのか。砂の国は双子星の太陽に属しているのが理解できないのか。水の姫は砂の国を消し去ろうとしているんだぞ、今この瞬間にお前の力を使って」そんなふうな苦しそうな声だった。だけど姫は笑って答えた。
「フレイシー、彼女がいます。彼女がこれからすることによってきっとうまくいくでしょう。私はかつて砂の姫から託された物をフレイシーに渡したのです。それが必要になる時がやっと来たことは砂の姫も分かっているはず。だから‥」
 そういうふうにイルミスには二人の声が重なって聞こえていた。だけども二人の話ほとんど聞こえていなかった。彼は水の剣の内側を覗いていたのだ。そこには澄み切った水色の光が見えていた。イルミスは水の剣が元来たところに帰りたがっている気がした。
「そうか、本当はそうだったんだな。君は水の姫と砂の姫がそこからやってきた時にいっしょにきたんだ。その時ホンセ・リーラーもいっしょにきたんだね。君が来たのは元々は二人を守るつもりだったんだ。だけども君は帰ることを決心した。そうすることで全てが台無しになる事を防ぎたいって言うんだな。よし分かったよ」そう言ってイルミスは姫が抱えたままになっているオレンジの玉の中に剣を差しこんだのだった。剣は穴に落ちるようにすっと吸い込まれていった。水の剣は帰っていく瞬間により一層水色に輝いていた。
「姫、ちゃんと終わりましたよ。さあここから出ましょう」そう言って彼らは外に出た。水の太陽は剣が返されて逆に落ち着きを取り戻したのかクライダールはそれっきり黙ったままだった。水の剣は太陽にとってある種の鍵であることは間違いなかった。水の姫がそこから出るために太陽は開かれて、今回は鍵だけが返されて扉は閉じられたのだ。
 それからしばらくして太陽はまた意識をはっきりとさせたのか、二、三度点滅してからまたガラスを越えて海の中へと旅立って行った。イルミスと水の姫は静かにそれを見ていた。水の太陽はそのあともずっと海の中をめぐり続けるだろう。水の姫が生きつづけている間は。
「ねえ、水の姫、これで良かったんですよね」
「大丈夫です。こちら側はうまくいきました。だからあとはフレイシーのことを待つのみです。彼女はきっとやりとげてくれるわ」そう言ってそってイルミスの手を握ったのだった。その手は少しだけ暖かかった。もう少ししたら偽物の太陽でなく空に浮かんでいる本当の太陽の下で日光浴できるんじゃないかとイルミスは思った。「あとはパインジュースでもあれば最高なのにな。でもどうやって砂の国に帰ったら良いんだろうか」
 そうイルミスがつぶやいても水の国の姫はただ黙って微笑むだけだった。水の太陽の去った後の部屋には天の上にいる本物の太陽の朝日が少しずつ差しこんできて青く光り始めていた。それを見てイルミスはほっとため息をついた。「フレイシーはうまくやれるんだろうか。だけどきっとあいつならうまくいくだろう。喧嘩だったら僕よりもずっとあいつの方が強いんだし」そう言ってまた水の姫の顔を少しの間だけ見つめた。

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