水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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6章 7 水の城

 クライダールとイルミスは連れ立って巨大な門の前に立っていた。その門は透明で中に水が流れているのが見えた。クライダールは右手をあげて門の真ん中のところを押した。すると門の中の水がしばらくオレンジ色に光ってから門が開いた。
「やはり水の姫は城に戻ってきていたのか。だからペガサスは私たちをここに連れて来たのだろう」暗闇に近い城の中でクライダールの声が反響していた。ペガサスの背中の上でクライダールがこれから行く所は水の城かもしれない。と言っていたのでイルミスはそれがどんな所か期待していた。だけど彼が見たものは水が内側に通っていた門だけだった。建物自体は存在しないかのように見えていた。外から見ると巨大な水盤の上に門だけが浮かんでいるといったような感じだったのだ。
 だけども門をくぐると確かに辺りは薄暗くなり何かの中に入って行くのが分かった。そこはとても静かでたまに水が跳ねる音がしているだけだった。しばらく行くと目の前にとても大きな柱が二本見えてきた。その柱はまたガラスのように透けていて中に水が行ったり来たりしていた。それに合わせて柱に開いている穴から噴水のように水がシュッと吹き出したりしていた。それからまた進むと今度は広場にたどり着いた。その部屋の中心には巨大な穴が開いていてそこは水で満たされていた。途方もない深いところまで穴は続いているらしかった。イルミスがぼんやりその穴を覗き込んでいるとその奥の方で水色にチカチカ光るものがあった。その光はだんだんと鋭さをましながらイルミスの方に迫って来ていた。
 良く見てみるとそれが水の剣であることが分かった。だが水の剣はものすごいスピードでイルミスの目の前を通り過ぎ、そのまま水の穴から飛び出して天井に向かって飛んで行った。そしてそのまま天井の壁にぐさりと深く突き刺さってしまったのだった。
 イルミスはびっくりしてその光景をただ見ていた。クライダールの姿はいつの間にか部屋から消えていた。そして剣のめり込んだところから血が流れるようにして水が滴り落ちてきた。その水は青く光輝いていた。イルミスはそのしぶきに当たりたくなかったので急いで後ろに下がった。すると誰かがいるのにぶつかったのだった。
 そこにはフレイシーが立っていた。彼女はなんだかいつもと違う感じがした。彼女の顔色はとても青白かった。服は前に着ていた服ではなく見慣れない青いふさふさとした毛の生えたものを着ていた。
「おいどうしたんだ! フレイシー。もしかして僕のことを忘れたのかよ?」
 あまりにもよそよそしい態度に驚いてイルミスが聞くとフレイシーは無言のまま部屋を出ようとした。だけど彼女はドアを開けてそこをくぐる前に言った。
「イルミス、そこで待っていて。私は行かないといけないところがあるの。そこに行ってから必ず迎えにくるわ。だから、水の姫の言うことを聞いてほしいの」
「おい、待てよ!」と言って彼女の閉めようとしているドアに向かってイルミスは走って行ったがもう少しのところでドアは閉じられてしまった。彼はドアノブを回してみたがドアには鍵が掛かっていた。
「一体何だって言うんだ。まだ何かやらないといけないことが残ってるとでも言いたいみたいな感じだったな。とはいえ、この僕に何が出来るって言うんだ。ほんとにみんなバカにしてるよ」
 そうやってつぶやくとイルミスはまた天井に突き刺さった剣を見つめる作業に戻った。これくらいしか時間を潰せることがなかったからだ。その天井から滴る水はだんだんと床に溜まり始めた。そしてだんだんとそれが人の形になってくるのが見えた。その人は青く光る水にすっぽりと袋のように囲まれていてそこに閉じ込められているみたいだった。イルミスはそれが水の姫だということに気がついた。彼はそこに駆け寄った。それまでそこには人の気配がまるでなかったのに急にその場所に生まれ出た感じだった。
「どうして姫は水の剣から滴り落ちる水から生まれ出て来たのだろう。ほんとにおかしなこともあるもんだ」イルミスはそう言ってからまだ倒れたままの水の姫の肩にそっと触れてみた。すると触った瞬間電気が走ったようにショックを受けた。
「もしかして砂の姫からもらった指輪の効力が切れてきてるのかも。そうだとしたらちょっとまずいぞ」イルミスはまわりの壁の中を体液のように流れている水を見た。自分にとって、もうあれは猛毒になってしまったのだろう。そうだとしたらなんという量の毒なのだろうか。そうイルミスは考えていた。「僕なんて何百回でも死ねる量の毒だな。この国の事をずっと前にぼんやり考えていた時にはここに来て死ぬことになるのも結構良いかも。と思っていたけど実際来てみるとそう感じないのが不思議だな」
 そんなふうにしていると青い水に被われている姫が急にうめき声を上げた。その苦しそうな声はいつもの姫からは想像もつかないような声色をしていた。水の姫はオブラートのように被っている水の層を通してじっとイルミスを見た。彼はなんだか恐ろしくて頭がクラクラした。姫を置いてここから逃げ出したかった。だけど、もしそうしたら取り返しもつかないようなことが起きそうな気がしたので彼は何もできずに姫から目を背けていた。
 すると水の姫は這いずって行って水の剣がさっき飛び出してきた深い穴にボトンと落ちてしまった。姫はそのまま黒い石のように穴の中を滑り落ちて行った。それを見てイルミスは迷った。もう砂の姫の指輪の力は無くなっているみたいだった。だからもう一度姫を助けるために水に入れば死んでしまう可能性が高かった。イルミスは途方に暮れて天井に刺さったままの水の剣を見た。そこからはまだ青い水が滴り落ちていた。その水は床に落ちるとピチャリと跳ねた。イルミスはなぜかその音に嘲笑われているみたいな気がした。自分が何も出来ないことを。「ああ、分かったよ、行けば良いんだろ?」そうイルミスは誰かに向かって叫ぶと息を止めて光る水が溢れ出てくるその深い穴に向かって飛び込んで行ったのだった。

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