水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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6章 6 海岸のペガサス

 イルミスがやっと目を覚ますと、今度は波の音がしていた。何時の間に氷の玉の部屋から抜け出したんだろう。そう彼は思った。あと、もう水の姫は死んでしまったのだろうかと思い出そうとしていた。「確かあの時僕は水の姫を切ったんじゃなかったけ。それに僕自身も切ってしまったような。ああ、僕は一体何をしたんだろう」なぜかその時のことがよく思い出せなかった。今、イルミスのいるところは寂しい海岸線で砂利だらけの砂浜に座り込んでいた。前にあんなに陸を探したのに見つからなかったのに何時の間にかやってきてしまっていたことは不思議だった。とはいえ、自分の中に何かが終わったという感覚がしていた。「そういえばみんなどこへ行ってしまったんだろう。こんなところに一人ぼっちでいてもどうしようもないぞ」そうつぶやいてイルミスは立ち上がった。
 すると水平線の向こう側から何か見慣れない物がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。自分の好奇心や警戒心の無さにもうこりごりになっていたイルミスは自分の身を隠すところを探した。すると体を隠せそうな岩が転がっていたのでそこに向かって走った。
 そしてそこで身を縮こまらせて何かが去るのを待っていた。「ああ、お腹が空いた。大体、あの変な霧の中に入ってから何も食べてないぞ。もう船は木っ端微塵になったんだし、あの中に乾燥食料がまだ残っていたはずなのに」まずくて仕方がないと思っていた乾燥豆のスープが恋しくてならなかった。この島のどこかに食べる物が隠されているかも。そう思ってイルミスは振り返ってみた。もう誰もいないみたいだ。
 そして島の奥の方に一人で歩いて行った。でも残念なことに島には植物はほとんど生えていなかった。地面に生えている紫のコケを指ですくってみたけれどとても食べる気にはなれなかった。それからまばらに生えている干からびた枯れ草をかき分けて進んで行くと白い石で作られた遺跡のような場所にたどり着いた。そこの建物は遥か昔に見捨てられてしまったようで誰も住んでいる気配はなかった。
 それからその小さな集落の取り分け大きめの建物の壁の中を覗いてみた。中はがらんどうで石ばかりあるのかと思ったが意外なことにそこだけ緑の草が沢山生えていた。ずっと前に割れてしまった窓から日の光が淡く差し込んでいた。もしかするとその場所だけ外の激しい風などから守られているのかもしれないなあとイルミスは考えていた。
 とりあえずしゃがみ込んで食べれそうな草がないか探してみた。すると、小さな赤い野性の苺がほんの少しだけなっているのを見つけてそれを急いでむしって食べた。あまりお腹の足しにはなりそうもなかったけど久しぶりに味のあるものを食べたので元気が出てきた。
「そういえばあの時僕はやっぱり自分自身を刺したんだ。だけどあの時の傷はどこへ行ってしまったんだ。全部夢だったんだろうか」彼は自分の腕や体を眺めた。
 そうしていると、その建物の中の緑の空き地の中に何かが入ってきた気配がした。イルミスはびっくりして草むらに身を隠した。なんとか気づかずに向こうに行ってくれれば良いのだけれど。そう考えていると足音がすぐ近くに迫ってきた。そしてその足音の主はブルルと声を出した。あれっと思って見てみるとそれは一匹の立派な真っ白なペガサスだった。そんな生き物が実際にいるとは知らなかったけれど、水の国には普通に住んでいるのかも知れないなあと思った。それで彼はたった今見つけたばかりの苺を少しだけ馬に差し出した。「こんなのしかないけど食べるかい?」すると馬は長い舌をだしてペロリとイルミスの手のひらをなめた。「なんだよ。くすぐったいって」
 苺を食べ終わるとペガサスは歩き出した。別に行くところもなかったのでイルミスはペガサスに付いて行くことにした。もっとたくさんの馬に会えれば楽しいかもしれないと彼は思ったからだった。
 だけどペガサスに案内されて行ったところはまた元の海岸だった。「そうか、お前だったのか、海の向こう側から近づいてきていたのは。よっぽどここが好きなんだな」
 そう言ってからイルミスはペガサスにまたがってみた。ペガサスは全く嫌がりもせず、じっとしていた。「そうか、お前結構良いやつなんだな」そう言って喜んでいるとペガサスは急に空中に飛び立った。イルミスは振り落とされないように掴まっているのが精一杯だった。
 たどりついた所は奇妙な場所だった。そこは草だけで編まれた巨大な緑色の神殿のような感じだった。何百本の緑色の蔦が絡まりあってそれだけで建物になっているようだった。イルミスはペガサスの背中から降りるとうれしくなってその建物の入り口に向かって走り始めた。中に何か面白い物が待っている気がしたからだ。
 その中は薄暗くてほとんど何も見えなかった。目を凝らしながら進んで行くと、何か大きな塊が部屋の真ん中にあるのがうっすら見えてきた。それは青い色でぬめぬめとした体液で被われていた。すぐ近くまで寄ってみてそれがついこの前見た海サソリであることがやっと分かった。イルミスはビックリして逃げようとしたが何かにつまづいて転んでしまった。床には沢山の水があってそれもサソリの体液で青く染まっていた。イルミスはなかなか逃げ出すことが出来なかったが、その必要もないようだった。海サソリは死んでしまっていたのだ。
 イルミスは気持ちを落ち着けてからとにかくそこから離れた方が良いと思って入り口に向かった。だがそこで待ち構えている影があった。真っ白な大男のクライダールだった。彼はべつに驚いた様子も見せずに言った。
「ああ、イルミス、やってきたのか。姫の言うとおりだ。私はかつて君を殺そうとした。それはその時点では正しかったのだ。でも今は違う。時と共に正しい選択は変わるのだよ」
 彼は顔全体を覆い隠していた白いくちばしを取った。すると彼は意外にも人間らしい顔をしていた。色は青白かったが目は青く光っていた。ただ左側の頬に黒い斑紋が浮き出ていた。イルミスは彼のことを信用出来そうもなかったので尻もちをついたままじたばたして、なんとか逃げようとした。その様子を見て彼は大きな声で笑った。今度は前みたいな引きつった笑い声ではなかった。きっとあのくちばしの中では笑い声もそうなってしまうのだろう。
 彼はイルミスを放っておいて部屋の中に入ってきた。そして巨大な海サソリの背中をなでてやっていた。「もうこのサソリは死んでしまった。私は数百年間こいつと友達だった。だけども今日、水の姫に殺されてしまったんだ。それも仕方のないことだ。だがそれと引きかえに姫の白い蛇も死んだのだが」
 クライダールは尻もちをついたままのイルミスの手を取って助け起こした。
「さあ行こう。何もかも終わったことだ。だが次には始まりを与えないといけない。君はまた水の姫に会うことになるだろう」
「え?」イルミスはあまりに意外だったので何も言えなかった。だけど彼の言うとおりにする以外に選択の余地はなさそうだった。それで建物の外に出てみるとまたペガサスが待っていた。
「ほう、不思議な生き物だな、初めて見た」クライダールは感心していた。
「あのう、ペガサスはあなたの国の生き物ではないのですか?」
「そうだ、私たちの国には住んでいない。だがそんなに驚くべきことではない。そのこともきっと姫が説明してくれるだろう」そう楽しそうに言って彼はペガサスに乗った。イルミスもこんなところに置いていかれては大変なので急いでクライダールの後ろに乗った。
「良し! 出発してくれ」クライダールが命令するとペガサスは気に入らないらしく鼻をブルルと鳴らした。だけど地面を一蹴りすると軽々と空に舞い上がったのだった。

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