水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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6章 5 水の剣

 イルミスはまたうとうとしていたが誰かに肩を激しく揺さぶられて目を覚ました。
「早く起きなさいよ! いつまでそうやって眠りの世界に逃げ込んでいるつもり! あなただけずるいわ!」そんなふうに言っているような感じだった。彼が寝ぼけ眼をこすりながら起き上がってみると目の前にフレイシーが立っていた。死んだはずのフレイシーがそこにいるのが不思議に思えた。「あれ、どうしてフレイシーもここにいるんだ?」
「私だって知らないわよ。何時の間にかここに閉じ込められていたのよ! きっとあのクライダールとかいう気持ちの悪い奴の仕業だわ。ここに入れておいて気分が向いたときに殺すのよ。それにこの部屋、氷で出来ているのよ。きっと新鮮なまま保存するためにこの部屋を作ったに違いないわ」
「あはは、そんな生贄みたいな。大丈夫だよフレイシー、ここにいれば。水の姫がここに僕等を置いておいたんだ」イルミスが振り返ると彼のザックが床に置かれているのが見えた。
「ああ、姫は荷物まで集めておいてくれたみたいだ。もう船はどうしようもないだろうけど。ということはリレーパーも無事じゃないかな」
 そう言ってイルミスはザックを開けてみた。するとザックの中は強い青い光でいっぱいになっていた。リレーパーはまだ剣を飲み込んでいたけどその口元から光が漏れ出していたのだ。
「大変! リレーパーが苦しそう。なんとかならないかな」フレイシーは心配そうに言った。
「そうだな。もう少ししたら姫がまた帰ってくるだろうそうしたら剣を返せば良い」
 イルミスは剣を取り出すと床の上に散らばっている桃色の花の上に置いた。リレーパーは目をじっと閉じてなんとか耐えようとしているみたいだった。
「がんばれ、リレーパー、あともう少しだぞ」彼はこんな化け物みたいな剣を飲み込んで力を抑えつづけていたのだから、本当はすごく苦しかったんじゃないだろうかということにやっとイルミスは気づいた。イルミスは蛇の姿のリレーパーの頭をそっと触れてみた。するとうろこはかさかさしていたが熱を持っているのが感じられた。まだ火の力はきっと彼には残っているのに違いなかった。あともう少し。またそうイルミスはつぶやいていた。
 それから振り返ると何時の間にか水の姫が帰ってきているのに気がついた。姫の服はずぶ濡れで腕から血が流れていた。だがそのことは彼女にはちっとも気にならないらしかった。
「さあ、イルミス、あなたはやっと自分の意志でここまで来てくれましたね。そしたら、あなたのするべき事をしてください。私はそれをずっと待っていたのです」
 イルミスは無言で頷くと床の上の水の剣を拾い上げた。さっきよりもずっとリレーパーの口から漏れ出している光の強さが増してきているようだった。剣もこのことを喜んでいるのかもしれない。それから彼はリレーパーに話しかけた。
「もう良いんだ。リレーパー、剣を飲んでいなくても。さあ、水の剣を吐き出してくれ」
 するとリレーパーの瞳が急に開いた。その目は赤くルビーのように光っていた。それから蛇は静かに後ずさりして苦しそうに剣をゆっくりと吐き出していった。
 剣を全て吐き終わるとリレーパーはくるくると玉の様に丸くなってしまった。その近くにフレイシーが急いで駆け寄った。何もすることは出来そうになかったけど彼のすぐそばに彼女はしゃがみこんでいた。
「水の姫、あなたに剣を返します」
 そう言ってイルミスは自分の手の中にある水の剣を見つめた。その剣の刃は透明で水色に光っていてこれよりも純粋な物はこの世にない感じがした。それを見る内にイルミスはあることに気がついた。本当は力を持っているのは姫ではなく剣なのだ。それにその純粋な力を利用してありとあらゆるものを奴隷にしているのは水の姫だということがやっと分かったのだった。
「そうか、やっぱり」イルミスはつぶやくと剣を構えた。もしこの剣が水の姫を切り裂くなら砂の国には平和が訪れるだろう。そうしなければならないのだ。そう頭の中で声がした。その声はだんだんレイダルスの声に似てきた。「レイダルス、あいつが一体何をしたっていうんだ。あいつは僕を傷つけ、そしてフレイシーの大事な友達を殺した。そしてあいつが何を望んでいるっていうんだ」
 すると、今度は砂の姫の声が頭に響いた。
「水の姫を切るのです。イルミス。あなたはそのためにそこにいるのです」
「どうして、そんなことを僕に押し付けるんだ。あなたは僕の事を利用しようとしていただけなのか。分かりました。砂の姫、あなたの言うとおりにするよ」
 そう言ってイルミスはただ黙って微笑んでいる水の姫に向かって突進していったのだった。そして剣を振りかぶって切っ先を姫の胸に突き立てようとしたのだった。だけど剣は動かなかった、その前にイルミスの体に突き刺さっていたからだ。
 剣はイルミスに刺さるとそのまま空中で垂直に浮かびつづけていた。それにくっついてイルミスの体も浮いていた。それを見てフレイシーは悲鳴をあげて駆け寄ってきた。彼女は引っ張ってなんとかイルミスの体を床に下ろそうとした。だけど手が触れそうになった瞬間、声がした。
「待ちなさい。フレイシー!」水の姫の声だった。フレイシーが見ている目の前でイルミスの真っ赤な血がボトボトと地面に滴り落ちてくるのが見えていた。
「ねえ、どうして止めようとするの? イルミスはあなたの代わりに自分を刺したのよ! それなのにどうしてそんなふうに平気でいられるの」
 水の姫は近寄ってきてフレイシーの肩をそっと抱いた。
「大丈夫です、イルミスは。死んだりしません。私は水の剣を受けて死のうと思っていました。それが砂の姫が望んでいることだというのも気づいていました。彼女はイルミスに水の剣を渡したときに呪いをかけたのです。イルミスの私を思う感情がそれを隠すだろうと彼女は目論んだのに違いありません。だけど、彼女は分かっているはずなのに。
 彼女が強く望むことは今だって私に伝わってくるということが。それを彼女は忘れていたのです。だけど、私は剣の刃を受けることにした。だから、イルミスを待っていたのです。それでも彼は私ではなく自分自身を刺しました。だからもう呪いは砕け散ってしまったでしょう」
 そう言い終わる前に剣はイルミスの体から抜け落ちて床に転がった。するとイルミスも床に落ち激しく叩きつけられた。水の姫は今度はフレイシーを止めなかった。彼女はイルミスの体のすぐ近くにうずくまった。
「どうしてイルミスが犠牲にならないといけないの? そんなのは私は嫌」
 そういうとフレイシーは立ち上がりキッと水の姫を睨みつけた。
「私が水の剣であなたを殺したって良いと思う。だけどそうはイルミスは望んでいないわ。だから私はあなたを殺さない。でも私はあなたを許さない。あなただってイルミスを利用していたじゃない。砂の姫と同じよ」
 水の姫は静かに頷いてからうつむいた。
「確かにそうね。私も利用していたのかもしれない。でも私には出来ることがまだあるのです。フレイシー、あなたに聞いてもらわないといけません」
 そう言ってから水の姫は語り出した。それは奇妙な密談めいた話だった。だけどもフレイシーは最後にその話を信用し、彼女の言うとおりにしてみようと決心した。そうしなければ、フレイシー自身も大切な人を失ってしまうことになるのは間違いないと思ったからだ。そのためにホンセ・リーラーが自分を水の国に送り込んだんだろうと思った。
 話が済んでから床に転がったままになっているイルミスの方にまた歩いていった。今は彼は微かに寝息を立てていた。水の姫の言うとおりにイルミスは死ななかったのだ。「だけど、こんなに心配させやがって。起きたらきっと後悔させてやる」そうフレイシーはつぶやいたがほっぺたには涙が少しだけ流れたあとがあった。

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