水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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6章 4 水の国の姫

 イルミスが目を覚ますと辺りは花の香りがしていた。さっき海の上で嗅いだ香りだった。死ぬときにもう一度この香りを嗅げるのならそれで良いのかも。そう彼は思った。イルミスは何かを呟きかけたが水が気道に詰まっていてむせてしまった。吐き出した水には血がはっきり混じっているのが見えた。
「そう、私の国の水はあなたたちにとっては、毒以外の何物でもないのですからね」そうやさしい声がしていた。だがイルミスは寝転んだまま体を動かしてそちらを見ることは出来なかった。体が変に麻痺してしまったみたいで動くことが出来なかったのだ。仕方がないのでイルミスはかろうじて見ることが出来る景色を見ていた。そこはとても不思議な場所で周りは全て透明なガラスで覆われているみたいだった。だがそのガラスはすごくごつごつしていて岩のような肌をしていた。体の周りにはふわふわした柔らかい物が敷き詰められていたけど仰向けのままだと見ることは出来なかった。だけどそれは多分花びらだったのだろう。甘い香りがしていたから分かった。
「そうやっておとなしくしているのですよ。あなたのお友達を連れてきますから」そう声がするとさっきまであった人の気配が消えた。多分その声は水の国の姫なのだろうとイルミスは思った。これまでの間、水の姫はとても良い人なんじゃないかとイルミスは思っていた。そんな風な存在がこの世にあるのが奇跡的だとも感じていた。だけどもさっきのクライダールの話はなぜか引っかかるところがあった。彼は自分自身に都合が良いように解釈しているだけなのかもしれないが、全て嘘を言っているとは思えなかった。確かに何か隠されたことがあるのだろう。もっとも自分に明らかにされていたことなんて始めから全くと言って良い程無かったということにイルミスは今更ながら気がついた。ただ自分が水の姫と砂の姫の何百年にもおよんできた喧嘩に手を貸しただけなのかもと思った。そう考えている内にまた意識が霞んできてイルミスはまた眠った。だけど今度はそんなに嫌な眠りではなさそうだったのでほっとしていた。
 しばらくしてまた周りで音がした。今度はイルミスは首を動かすことが出来た。するとガラスの壁に向かって何かが外側から突進してきているのが見えた。白い光の筋のような何かが。それは壁にぶつかる瞬間にそこをスルリと通り抜けた。まるでガラスが存在しないかのように。イルミスのいる部屋に入ってきたものが、巨大な白い蛇であることがやっと分かってイルミスは怖くて小さな声を出した。
「大丈夫。怖がらなくても。あなたの妹と友達を連れてきただけ。彼らも少し休めば元気になるわ」そんな声がして自分のほっぺたに触る手があるのをイルミスは感じた。その手はほっそりしていて、冷たかった。それから少し安心して振り返って見た。するとやはりそこには水の国の姫がいた。なぜかよく分からないけどイルミスの目には涙があふれてきた。
「どうして泣いてるのだろう? 自分でも訳がわからない」だけども何かが見える気がした。なんだか恐ろしい何かが。
 イルミスのいるガラスの部屋は水の中に浮いている様だった。そしてそのすぐ近くを光り輝く玉のようなものが通りすぎていった。それは地上の太陽にとてもよく似ていたけど、どこか違っていた。すぐ近くにあっても全然暖かくならないのだ。ふと、気になってイルミスは自分の指を見た。すると驚いたことに指輪が影も形もなくなってしまっていたのだった。
「ああ、どうしよう、僕はあれがないと太陽に当たらないと病気になってしまう」水の姫はあやすようにそっとイルミスの頭の髪の毛をなでた。
「心配しなくても大丈夫。指輪は溶けて無くなったけどまだしばらくは力が続いているわ。指輪はあなたの内側に入ってしまっただけですもの」
 イルミスはほっとため息をついた。
「そしたら今の太陽みたいのはなんです? あなたは知ってますか?」
 姫は少しだけくすくす笑った。
「あれは太陽であって太陽でないもの。きっと太陽の影みたいなものなのかもね」
 そういうふうにのんびり話をしているとまたイルミスは眠くなってしまった。
「いいのよ、眠っても。今、フレイシーとリレーパーも眠っているところ。そうしないと返って見つかってしまうかもしれないから」
 見つかるってだれに? とイルミスは聞きたかったが聞けなかった。姫の手が彼の口を塞いでいたからだ。「そう、今は静かにしていて。あとできっと話したいだけ話せるから」そういう姫の近くを何か大きくて暗い影が横切った。その瞬間、姫の姿は消えてしまった。イルミスは心配だったし寂しかったが、ただ横たわって待っていた。もう少しで体の痺れが消えるような感じがしたからだ。「多分姫はまたどこかに行ったんだろう。そうやって奴から逃げ回って生きてるのに違いない」その追ってくる者はクライダールだけなんだろうか、いいや、きっとそうではなくもっと沢山の者が彼女を追いかけ回している、そんな気がした。

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