水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

Page 22 <back >next page >目次へ

5章 4 赤い使者の復活

 
 その次の日、また砂の塔の姫の所から連絡があった。あと3日ぐらいしたら赤い使者がそちらに行って装備を渡して説明をするだろうということだった。
「赤い使者かあ、奴は怪我をしたっていうけどやっぱりしつこく生きてやがったか」
 イルミスはキッチンで大きな声で独り言を言った。それを聞いてフレイシーはビクッとして驚いて入れかけのミルクをこぼしてしまった。
「赤い使者がやってくるの? 私はその時どこかに行ってたらだめかな」
「そんなに怖がるほどの奴じゃないよ。前に僕にも怪我をさせやがったけど、今度はそうはいかないぞ!」イルミスはレスリングをするような姿勢をして見せた。あんまりにやせっぽっちなのにそんな格好をするからフレイシーは思わず笑ってしまった。
「私ね、彼にはずっと前に酷い目にあったの。学校で育てていたミーレっていうサボテンから出来た人工知能を彼に壊されてしまったんだ。だからあの人に会うのはほんとは嫌」
「ええっ? なんで奴がそんなことするんだ。ほんとに何様だと思ってやがるんだ。ちょっと思い知らせてやる。いくら砂の姫の下僕とか言っても限度があるよ」
 それを聞いてフレイシーは下を向いてクスリと申し訳なさそうに笑った。
「もう良いわよ。イルミス。あの人にはもう思い知らせてやったんだから。十分に」
 イルミスはしばらくポカンとしていた。
「もしかしてあの赤い使者が大怪我をしたってやつ、お前のせいだったのか?」
 フレイシーは何も言わずにミルクをごくごく飲んでいた。
「お前って前から思ってたけど、結構恐ろしい奴なんだな。気をつけないと」
 彼女はミルクを今度はむせそうになった。
「私をあんな化け物みたいな奴よりも強いって言うの? まあ、良いわ。今度はイルミスの番ね」
 そんなふうにバカな話をしていると、突然イルミスの端末が鳴り出した。何か緊急の用事らしかった。彼の端末は普通はそんな風に鳴り出さないようにブザーのスイッチが切ってあったのに誰かがそのプロテクトを破って鳴らしたのに違いなかった。
 イルミスが急いで机に駆け寄って端末を開いてみると、悪趣味な赤い光がスクリーンからあふれた。そしてそこには見慣れない文字が踊っていた。見たこともないような書体で「私は赤い使者だ。これからそちらに行くから用意しておけ」そう書かれていた。
「一体なんだっていうんだ。いちいち僕の端末の設定を変えやがって、そんな暇があったらもっと別のことをしろよ!」そうイルミスは叫んでいた。
 すると窓の外が普通の太陽の色でなくなってきているのに気がついた。まだ昼間だったのに夕日の様にオレンジ色の光が差し込み始めたのだ。
「ほんとに悪趣味ね。あいつは」
 今度ばかりはフレイシーもそうつぶやいていた。そんなふうに二人はぼんやり窓から外を眺めていたのだが、部屋の中の様子もいつの間にか変わり始めたことに気がついた。地下から涼しい風が送られてきていつもは快適なのに今は汗ばむぐらいに暑くなってきていた。もう赤い使者がすぐ近くに迫ってきているらしかった。
「ははあ、たぶん奴はまた赤い鷹になってやってくるぞ、今度は窓ガラスを突き破ってやってくるかもしれない」イルミスはもしそうなっても頭を怪我しないように少し身をすくめた。
 だけど、赤い使者は意外な場所からやってきた。二人は赤い使者が部屋に入ってくる瞬間を見ることが出来なかったのだ。それでも彼はいつの間にか部屋の中にいた。赤い使者が部屋に突然現れたことで辺りはおかしなぐらいの赤く揺らめく光に飲まれ始めた。
「やあ、ひさしぶりだったな。イルミス、そしてフレイシー。おっと、そんなに怖がらなくても良いじゃないか。私は別に怒ってはいない。特にフレイシー、君のことを私は憎んだりはしていない。それはそうだろう。私には私の役割があって、そのためにしたことなんだから。それは君にとっても同じことだ」
 そんなふうに訳の分からないことを言って彼はゆがんた笑顔を顔に作って見せた。
「ああ、来たのね。レイダルス。確かに歓迎はしないわ。それでもあなたの用事を済ますことぐらいは許してあげるわ。だからさっさとあなたのするべき事とやらをしたらどう」そしてほんの少し間を開けてから言った。
「あと、私のしたことであなたが大怪我をしてしまったってことは悪いと思ってる。許してくれとは言わないけどね」
 それを聞いてうれしそうにレイダルスは憎悪の炎をちらちらと揺らめかせた。それにイルミスが割って入った。
「とりあえず、果し合いは後にしてくれ。今日は大事な用があるんだろう? それは僕たちにとっても必要な事なんだから」
「そうだな。よく分かっているようだ。今日は渡す物があってきた。姫からの餞別の品だ。とても貴重な物だから、大切にするように」
 そう言って赤い使者は背中に背負っていた布の袋を床に下ろした。彼が袋を開けると中から火の粉が吹き出した。
「失礼。私が触った物はなぜかこうなって火が吹き出したりしてしまう。だけど今は燃えることはないから心配しなくても大丈夫だ」
 そう言いながら彼は様々な奇妙な品々を床に並べ始めた。それは歪んだ金属の塊であったり綺麗に光る不思議な布地であったりした。フレイシーはうっとりした表情でそれに触りそうになった。「気をつけて! これらは砂の姫の力がかけられている。その事を意識して使わなければ大変な事になるだろう」
 手を急いで引っ込めながらフレイシーは「大変な事って何?」と聞いた。
「例えば次のような事が起こるかもしれない。まずは魔法的な力が逆流し君たちに危害を及ぼすかもしれない。それだけでなく姫の火の力が暴走し姫自身が傷ついてしまうこともありえなくはない。ということは姫はたとえ君たちから途方もない遠くに離れた所にいたとしても君たちと関係を持ち続けるということなんだ。それを忘れないでいてほしい」
「ふーん。そういうこと」フレイシーはまだ腑に落ちないような口調で言った。
「まあ、僕たちが危険にさらされる時は、姫だって危ないのかもしれない。とかそういうことを言いたいんだろう」そうイルミスがつぶやくとレイダルスはキッと振り返ってにらみつけた。
「ふん、本当はお前たちにこれを渡すのはおしいぐらいだ。私が怪我をしていなければ私が行けたのかもしれない。だが姫は気づいていなかったのだが、それは私には無理な事なのだ。私の力が発揮されるのは姫の力が及ぶ範囲内だけのことだ。だから砂の国を離れたら私は対して力を持たないことになってしまうだろう。
 そういうことを越えてこの品々は君たちに力を与えるように特別に作られた。それでも私の持っている力と比べればごく限定的なものだのだが」
「まあ、良いや。分かったから早く説明してくれよ」
 レイダルスはそれに答えずにひざまづいた。
「まずこの布で出来た船を紹介しよう。これは折りたたみ式で風の力を必要とせずに進む船だ。でもただの船ではなく君たちを水の力から守るように出来ている。君たちは海のような膨大な量の水に近いところにいるだけで徐々に弱っていってしまうはずだ。だけどもこの船はそれを防ぐように出来ているということだ。
 また、この指輪を見てくれ。これをはめておきさえすれば、君たちがもし水の中に落ちてしまっても大丈夫だろう。君たちは知らないかもしれないが砂の国の水には姫の力が込められている。その力がないと君たちは水の力に抵抗することが出来ずに病気になってしまうのだ。だからこういったものが必要になるのだよ。
 だからもし水の国の住人に会ったとしても彼らにその指輪の事を決して教えてはいけない。もしそうしたら、どういうことになるか君たちでも分かるだろう」そこでイルミスは聞こえないように口の中でチッという音を出した。「おい、イルミス分かっているのか、君たちは本当に重要な事をするために水の国に行くのであって観光旅行するために行くのではないのだぞ」
 少しイライラと頭を振ってからレイダルスは気分を取り直した。
「まあ良い。水の国に行ってみれば分かるだろう。君たちは言わば侵入者なのだ。だから、最後にちょっとした武器も渡しておこうと思う。これは姫の力がかかっているものではないがきっと役に立つこともあるだろう」
 レイダルスは床に置いた細長い防水性の布の包をほどいた。中から頼りない銃のようなものが出てきた。
「なんなんだ。そりゃ。僕の持っているショックライトの方がまだましそうだよ」
 またそれもレイダルスは無視した。
「この銃は役立たずだと思っている様だがそうではない。これは水の国に行ってしまえばあまり役に立つことはないかもしれないが、国と国との狭間で役に立つのだ。君たちは気づいていないだろうが砂の塔がたまに低い笛のような音を出しているだろう、あれは重要な意味を持っている。つまりあの音で外敵を追い払っているのだ。
 その外敵は巨大な蝶のような姿をしていて人間の体液を好物にしている。その銃は砂の塔の代わりに君たちを守ってくれるだろう。もしその蝶がやってくればの話なのだが」
 そんなふうに話すレイダルス自身もあまりその銃の事を大事に思っていないように聞こえた。だが、そんなふうにしてイルミスたちに姫からの装備品が贈られたのだった。
「あとは食料や水などだが、それは蛇ラクダで国境までは運んで行くことになるだろう。そこまでは私も一緒に行くことになっている」
 そう彼が言うとフレイシーとイルミスは顔を見合わせた。だけど、今度はイルミスは文句は言わなかった。
「それで出発はいつにすれば良い?」
「まだだ、気が早いな。最も大事な事が残っている。君の持っている水の剣だが私のかけた防御はあと少しで切れてしまうだろう。それにその力は砂の国を出たら消えてしまうのだ。だから、それに代わるものを君たちに与えたいと思う」
 そう言うとレイダルスは部屋の入り口を振り返った。「よし! 入ってこい!」
 すると、緑のフードをかぶった小さな男の子が姿を見せた。「リレーパー、なんで君がやってきたんだ?」そうイルミスが聞きかけたが、レイダルスの大きく響く声がそれを遮った。
「さあ、また蛇の姿になるんだ。そしてイルミス、水の剣をここに持って来い」
 イルミスはボロ切れに包んだままの剣を持ってきてレイダルスに渡した。彼はボロ切れを剣から剥がすと床に投げ捨てた。そしてその布がさも汚いものであるかのように手を空中で払って埃を落とした。それから錆びた剣の鞘から水の剣を抜いた。
「もうこの鞘は役立たずだ。とりあえず、この剣の本当の姿を見せないようにするためだったのだがその役割ももう必要ない。君の血を塗っておいたのが効果的だった様だ。なぜなら水の姫とこの剣は君を受け入れた様だし、そうしておけば短時間ならこの剣の力を抑えられるだろうという姫の予想の通りだった。
 だけどもこれから行く水の国は果てしなく遠い。そこにでは姫の力は弱まって剣を抑えきれなくなるだろう。だからリレーパーに協力してもらうのだ」
 いつの間にかリレーパーはまた蛇の姿に変身していた。
「そうだ、リレーパー。それで良い」
 魔法の鞘で力を抑えられていた水の剣は力を解き放たれて透明な水色の光を発し始めた。それを見てレイダルスは急いで剣を床に置いた。それから彼が剣を指差すと蛇になったリレーパーはゆっくり這って剣に近づいて行った。
 リレーパーは剣の先っぽの部分に口付けをするように触れた。それから口をガバッと開くと剣をまるごと飲み込んでしまった。だけど長さが足りずに柄の部分だけがむき出しになっていた。
「よし、これで良い。姫の言ったとおりになった。リレーパーは生きた鞘になったのだ。
 君たちが水の国に行っても水の国の住民は自分たちの剣が戻ったことがこれで分からないだろう。あと、このことで分かるだろうが、君たちが水の姫を見つけるまでの猶予期間が限られた時間しかないということなのだ。つまりその期間とはリレーパーが剣を飲んでいて生き延びている期間ということだ」
 フレイシーはその苦しそうにしている蛇を近くに寄って見下ろした。
「ほんとに大丈夫なの彼は? こんなかわいそうなやり方以外に他に方法はなかったのかしら」
「そうだ。これしか方法がなかったのだ。だが姫は彼の苦しみを和らげる方法を考え出した。それを今からしておこうと思う」
 レイダルスはポケットから小さな瓶を取り出した。その瓶の中には赤く光る小さな玉が閉じ込められていた。彼が瓶の蓋を開けるとその玉はフラフラと飛び出して蛇の頭の上に止まった。そして染み込むようにして光の玉は消えた。
「これで、彼は夢を見ている状態になった。この光のおかげで彼は長く生きられるだろう。とはいえそれは長くても二ヶ月か三カ月といったところだろう。と姫は言っていた。
 彼を起こすときは水の姫に会ったときだ。それ以外に彼のことを起こしてはいけない。もしそうしたら封印が解けてしまって水の国の住人にこの剣のことがばれてしまうだろう。そういうことになれば住人は血相を変えて君のところにやってくるに違いない」
 イルミスはそれを聞いて不思議そうな表情をした。
「なぜ彼らは剣を取り戻すのだろう。彼らの姫に剣を返すのだから、別に問題なさそうなのに」
 レイダルスは今度は難しそうに顔をしかめた。
「確かにそうだ。イルミスの言う通りだ。だが砂の姫はこう言っていた。水の姫に剣を返す前にその他の水の国の民に剣を渡してはならないと。
 その理由は私には分からなかったのだが、たぶんこういうことだろう。水の剣の力を水の姫とは違ったように使いたいと望んでいる者が水の国にはいるということなのだろう。そしてそれはたぶん良くないことなのだ。だから、君たちはよく気をつけて事を運ぶように」
 フレイシーはフーッとため息をついた。
「確かに大変そうね。私たちちゃんと戻ってこれるかしら」
「その点は問題ない。君たちがしくじれば砂の国は水の国に飲み込まれてしまうだろう。だから失敗すれば戻るところはない。ただ、それだけの事だ」
 レイダルスはなんでもないことの様に言った。
「ただ、それだけのことですって! そんなはずないじゃない」そうフレイシーは言いたかったが黙っていた。確かに彼はミーレを殺したのだし、誰かが死ぬことは彼にとってそれほど重要な事ではないのかもしれない。彼はただ砂の姫の命令に従って生きている幻に過ぎない存在なのかもしれないのだから。
「何か言ったかフレイシー? 他にも聞きたいことがあればなんでも言ってくれ。今だけだぞ私とまともに口がきけるのは」
「あとは僕の作った機械とかちょっとしたものは持っていってもいいかな? 対して邪魔にならないし、きっと役に立つ時がくるかもしれないし」
「そういったことは好きにしてよい、とのことだ。それなら君に特別なエネルギーストーンをあげよう。グリーンストーンだ。これは電力を使い果たしても溶岩に投げ込まなくても、放っておくだけで充電することができる。かつて私が作ったものだ」
 それを聞いてフレイシーは思わず「あなたは昔、もしかして普通の人間だったんじゃ?」と聞きそうになった。だけどそんなふうに聞いたら彼は侮辱に感じるだろうし、それを言った後の方がなんだか怖そうだったので止めておいた。
「こんなところで話は終わりだ。出発は明後日の朝だ。それまでに準備を済ませておくように」そう言うとレイダルスは両手を大きく広げた。彼のまわりにだんだんとオレンジの炎が灯り始めた。
「もうこんなふうに元気になった感じなのにまだ、前の力の半分も戻ってきていない。フレイシー、君が私の炎の中に投げ込んだ物は一体何だったのだ? 私が復活するまでの間数週間も地下の溶岩の炎の中にいなければならなかったのだぞ」
 イルミスは振り返ってフレイシーを見つめた。彼女は少し青白い顔をして黙ったままだった。そして彼女が何も言わない内にレイダルスの姿は部屋から消えていた。

<back >next page >目次へ
Copyright (C)2004-2018 Yoshito Iwakura
http://lezarakus.nobody.jp/
このサイトはリンクフリーです
相互リンクサイト募集中