水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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5章 3 黒い四角の向こう側で

 だけども、そんな風に喧嘩してしまっては何にもならないとフレイシーは思った。とにかくイルミスを説得しなければいけない。それでもホンセ・リーラーとの関係を一体どう説明すれば良いのだろう。この国のホストコンピューターと友達になって彼を守らなくちゃいけないって事がどうしたら理解できるというのだろうか。
 彼女はまた端末を開けるとホンセ・リーラーを呼び出した。
 彼が電子線を越えて現れるまでの数秒の間、彼がついさっきまで何をしていたのだろうと考えた。その事はあんまり良く分からなかったが、彼はやってくるまでにできる限りの防御をしてくるだろう。もう赤い使者は邪魔出来なくなったというのに彼は用心を怠らないのだ。
「なんだか、秘密の部屋で逢引してるみたい」
 そうつぶやいてからその言葉の馬鹿らしさに自分でうんざりした。
「でもやっぱり彼が言っていたようになっていくみたい。この国にはきっと恐ろしいことがもっと起こっていくって、ホンセ・リーラーは言ってた。彼はなんでも分かってるみたいだけど、でも、ほんとは何も分かってないのかもしれない」
 この黒い真四角の画面の向こう側で彼は閉じ込められているんだから。
 それからやっとホンセ・リーラーが姿を表した。今日は文字だけでなく人間みたいな視覚的な姿を送ってきた。それは前みたいに紫に染まった感じではなく、半透明に透けているみたいだった。
「ごめん、待たせてしまったようだ。今日はこんな姿で済まないと思う。なぜかそこにデータが転送されていくまでの間にどこかに溶け出していくみたいに崩壊してしまってこれが精一杯なんだ。もしかして何かがネットワークの中にいてエネルギーを吸い取っているのかもしれない」
「ふふ。あなた以上に電気を吸って生きてる者はいないわ」
「まあ、それは今はどっちでも良いや。後で調べてみるしかない。ところで君に水の国に行ってくれって頼んだことをまだ覚えてるかい? 今更かとは思うけどやっぱりそのことは忘れてほしいんだ。あまりに危険過ぎるとも思うし、君に全ての責任をなすりつけるようなことはやっぱり出来ない」
 フレイシーは静かに言った。
「それで、もし私が行かないとどうなるわけ?」前にも行かないといけない訳は聞いていたのだがもう一度聞いた。
「砂の姫の思うようになるだろう。それはあまりに恐ろしく、具体的には言うことは出来ない。というよりも私には分からないんだ。だけど、イルミス一人が行くとなるときっとどうしようもない事態が待っているだろうと思う」
 フレイシーはそれを聞いてやさしく言った。
「ねえ聞いて、ホンセ・リーラー。私だってバカじゃないからちゃんと分かるわよ。多分砂の姫が考えてる通りになってしまったら、あなたは消えてしまうのだと思うの。だけどそういうふうには絶対させないわ。私はあなたが消えないように出来るのならなんでもするって決めたの。だから私も水の国に行くわ。大丈夫よきっと。無事に帰ってくるし、姫の思う通りになんてさせない。あとはなんとかしてイルミスを説得しなくちゃ」
「その点については大丈夫だ。私が望むことは砂の姫の望むことでもある。ということは近いうちに姫自身が、イルミスに頼むだろう。君を連れて行くようにと。これは私自身でもよく分からない不可解な事なのだが。まあそういうものなのだよ。だからこそ姫は私を排除しようとしているのだろう。それに水の国の姫も。
 水の国の姫はなんとかバランスを取ろうとしていたのだろうが、選択を誤った。無理な事をしようとしたことで、砂の姫にもチャンスを与えてしまったんだ。もうそれを彼女自身の力で取り戻すことは難しいだろう。だから君に行ってもらわないといけなくなってしまった。本当は私自身が行けたら一番なのだが、私はこの国から出てどこかに行くことなんて出来はしない。私はこの狭苦しいネットワークの中に閉じ込められて生きていくしかないのだから」
 そこまで言うとホンセ・リーラーは静かになってしまった。
 いつの間にか彼の家に帰ってしまったのだろう。そこには小さな明かりがぶら下げられていて自分がそこ以外どこにもいけないということを照らし出され続けているのだ。そこは彼にとって自由な場所だし、それでいて牢獄でもあるのだった。
 それだからこそ、フレイシーは彼のことを大切に思うのかもしれなかった。
「だけども、よく分からないことだらけだ。私は何をしに水の国に行けば良いんだろう。お兄ちゃんは水の剣を返しにいくのに、私はそれを邪魔すれば良いっていうんだろうか」
 そんなふうに考えているとトントンとドアを叩く音がした。開けてみるとイルミスが立っていた。彼は少し憮然とした表情で言った。
「やっぱりお前も、水の国に行くことになったよ。今、砂の国の姫から連絡があった。お前を連れて行けないのなら水の国に行く許可を取り消すと姫は言ってきた。
 まったくいつのまに僕は許可されて行くことになっていたんだ。本当は向こうがどうしてもって頼み込んできたから仕方なく行くことになってたはずなのに」
 それでも今度はうれしそうに言った。
「とりあえず、お前も準備だけはしておけよ。そうだ、この家のことも誰かに頼まないといけないし、あのパルスの面倒を見てくれる人も探さないといけないだろ!」
「うーん。そうね、お兄ちゃん。ちょっと考えてみるわ」
 ドアとパタンと閉めてから、こんなふうに簡単にいくなんてなんだか不思議だと思った。確かにホンセ・リーラーと砂の姫は繋がっているのかも。二人は一心同体でもありそれでいて敵同士なのだし。だからホンセ・リーラーを守ろうとするときは砂の姫を守らないといけないのかもしれない。「ああ、ほんとに頭がこんがらがる!」
 フレイシーは窓の外に向かって叫んだ。パルスは外にいて真夜中だというのに月と遊んでいるのだろう。それとも何か食べ物を探しているのかもしれない。砂漠の草原にも干からびた刺だらけのバッタぐらいはいるのかもしれない。
 今すぐにパルスが帰ってきてくれたらどんなに良いだろうとフレイシーは考えた。でも、色々想像してみるとこれで良いのかもしれない。誰かにパルスを預けたって持て余すだけだろうし、彼は元々一人で砂漠で生きてきたのだから、そう彼は結構強いのだ。自分よりかはずっと。そう思うとフレイシーはなんだか泣きたくなってしまった。
 ホンセ・リーラーを守るとか言っても本当は彼女自身が彼に守られて生きているのだし、それに彼女だけでなく国全体が彼に守られているのだから。そんな人が出来ないことをどうして自分が出来るのだろうと思った。だけども、彼はなぜかフレイシーに行ってもらいたがったことは事実だった。
 たぶんそれ自体に重要な秘密が隠されているような気がした。でも彼に聞いたって教えてはくれないだろう。またその事について自分自身が知る権利を持っていないとかなんとか言って言い逃れするのに決まってる。
 それでも彼女は行ってみようと思っていた。自分にも何かできることがあるから彼が自分に頼んだと思いたかった。「それにイルミスみたいなぼんやりした奴だけだと不安だしね」そうつぶやくと少し気分が明るくなった。
 窓の外からコツンとたたく音がした。パルスが帰ってきて開けてくれと言っているのだ。彼の鼻面は窓に押し付けられて変な形になっていた。「分かったわよ。すぐ開けるわよ」すぐに窓を開けてやるとパルスは飛び込んできた。彼の体は砂まみれになっていた。「どこでこんなに遊び回ってたわけ? ほんとにあんたはどうしようもないバカな犬ね!」
 フレイシーが砂をタオルで払ってやると彼も自分で体をふるわせた。そのせいで部屋の中も砂だらけになってしまった。
 それを掃除しながら、自分がいなくなったらパルスはどうなってしまうんだろうとまた不安になってきた。「やっぱり誰か預かってくれる人を探さなくちゃ」
 その時なぜか頭の中にトリローファスの姿が浮かんできた。「だめ、だめ、あんな奴!」フレイシーは頭を振ったが、なぜかそれも良いかもしれないと思えて仕方がなかった。「とりあえず、会わせてみないと。パルスが絶対嫌だって言ったら別の人にすれば良いんだし」
 振り返ってみるとパルスは砂まみれのままベッドに上がって舌を出して寝ていた。背中についている小さな翼もだらしなく伸ばされていた。
「ほんとにしようのない子」そう言いながら彼に近寄って耳の後ろをかいてやった。
 もしかしてホンセ・リーラーよりもこの子の方がずっと自由なのかも。もっと彼も外に出て砂まみれになってバッタでも取れば良いのに。
 などと考えているうちに眠くなってフレイシーも彼の隣でかすかに寝息を立てていた。外にはまだ三日月がかかっていてその青い光はどこか途方もない遠い所と通信しているように見えた。

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