水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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4章 1 錆びた剣

「ねえ、ホンセ・リーラー、あなたはこの剣のことをどう思う?」フレイシーはゆったりとした気分で甘えた声を出した。彼女はイルミスの最近の行動を不審に感じて学校から家に帰ると剣を調べ始めた。それはイルミスの部屋のベットの下のガラクタ箱に押し込められていた。トリローファスはそんな剣を私に渡さなかったと言うけれどそんなのは信じられなかった。彼はどんなちんけなガラクタだってプレゼントすれば自慢することしか知らないはずだから。
「ねえ、ホンセ・リーラー聞いてるの?」
「ちゃんと聞こえているよフレイシー。今考えているんだからちょっと待ってくれ」
フレイシーがCLLスキャナーで走査したデータをホンセ・リーラーは舐めるように調べていた。
「そうだよ。これは本当に不思議なコードだ。これは砂の国の物とそうでない物が混ざっている奇妙な混合品と言ったところだ。まさしく魔法的といっても良いぐらいだよ。これは」
「ふーん。どう不思議なの? あなた自身と比べてもどちらが不思議なのかな」
 甘えたような口調を無視してホンセ・リーラーは真面目に答えた。
「これには封じられた力とそうでない力が混じっている。驚くべきことに君と私が憎んでいる砂の姫の下僕の臭いも混じっている。それに君のお兄ちゃんのイルミスの香りも」
 それを聞いてもあまりフレイシーは驚かなかった。
「お兄ちゃんと関係があると思っていたよ。だってあのトリローファスがプレゼントをしてそれを黙っていることが出来るはずがないもの」
「そうか、ではこれはどうだろう。この剣は水の国の物でこの国を滅ぼすためにここに持ってこられたということは」
 フレイシーはそう言われてもそんなちっぽけな錆びた剣にそんな力があると言われても冗談にしか感じなかった。
「あはは。そうね。こんな剣があったらみんな死んでしまうかもしれないわね」
「おい、笑っている場合じゃないぞ。さっき私はこの剣の力は封じられていると言っただろう、それをしたのは砂の姫の下僕の赤い使者なんだ。君のお兄ちゃんの血を使って封じたんだよ。一時的にね。この剣にこびりついているのはイルミスの血だ」
 それを聞きながら錆びた剣を見つめているとフレイシーは気味が悪くて目眩がしそうだった。やっとホンセ・リーラーが言っていることが冗談ではなく本当のことであるのが分かってきたのだろう。
「あいつがお兄ちゃんに一体何をしたっていうの、あの赤い使者が?」フレイシーの目の前に砕かれたミーレの破片の幻が一瞬だけ浮かんだ。あんなふうにお兄ちゃんも砕かれてしまうんだろうか。あいつに。
「そうじゃない、そうじゃないよ。もうそんな恐ろしいことは起きっこない!」
 ホンセ・リーラーはフレイシーの不安を消し去ろうと急いで言った。だけどそれは返って逆効果だった。フレイシーの顔は青ざめてコンピュータのモニターからの光の中にぼんやり浮かんでいた。
 「フレイシーはもう全てが嫌だって言って投げ出すんじゃないだろうか。もしそうなったら本当に全て終わりだ」ホンセ・リーラーは途切れがちに自分に送られてくる彼女の映像を見つめながらそう思った。「だけど、それでもかまわないかもしれない。分かっていることは全て彼女に伝えよう」彼は未だ実体のない自分自身の中でそう決心した。そうすることでしかこれから起こることを乗り越えられないのが分かっていたからだった。それともただ伝えたかっただけなのかもしれない。自分が彼女のことを大切に思っているということを。
 だけどもそれはとても危険なことだった。ホンセ・リーラーにだけでなく彼女自身にとっても。そういうふうに彼が考えていると目の前からフレイシーの姿が消えてしまった。彼の神経接続の回路に何かが紛れ込んできたのだった。彼の前に現れたのは最もその時見たくない姿だった。それは砂の姫の幻だった。彼はそれから数分の間彼女と話し合うはめになった。フレイシーは突然回線が途切れてびっくりしているかもしれなかったが、今はどうすることも出来なかった。彼の視線は姫を見ること以外許されていなかったのだ。少なくともその数分間だけは。

 ちょうどその時フレイシーはホンセ・リーラーからの通信が急に途切れてしまったので、ああ、また彼は急にどこかに行ってしまったのかもしれないなと思って、はあっとため息をついた。そしてまだ膝の上に抱えられたままになっている錆びた剣の方に目を落とした。
「こんな剣が一体何だっていうのよ。たぶん彼はきっと私のことを怖がらせて喜んでいるだけだ」また通信が繋がったら彼のことをしかってやらなくちゃ。そうフレイシーは思っていた。でも、もしそうだったらどんなに良いだろうかとも思っていた。
 そうしているうちに剣がだんだん熱くなっていることに気がついた。始めはほんのりと暖かかっただけなので自分の体温が移っただけのようだったが、だんだん膝を火傷しそうになるほど熱くなってきた。フレイシーはびっくりしてわあっと悲鳴を上げると剣を床に落としてしまった。そして剣は床にぶつかった時の衝撃でカランカランと激しく跳ねた。それから驚いたことに剣は生きているように立ち上がるとするりと自分に着けられている鞘を脱いだのだった。
 錆びた剣だと思っていたのに鞘が錆びているだけだった。中から現れたのは真っ黒に光る不気味な剣だった。フレイシーは早くそこから逃げたかったけど剣から目を反らせることが出来なかった。剣の表面には細かい彫刻がしてあってそれが生きているように脈打っていた。だけどよく見ていると剣の中に不思議な風景のようなものがあって、時々水しぶきが上がっていたり、空のような部分には灰色の雲がかかっていたりしていた。
 もしかするとこの剣にはフォログラフィーでも表面に映す力があるのかも。とか思って彼女は眺めていた。「もしそうだったらこんな陰気な巨大な水たまりなんかじゃなくてそう、ペガサスのフォログラフィーでも見せてくれれば良いのに」そういつのまにか呟いていた。
 そう思っていると剣の中の真っ黒い海の上に真っ白なペガサスがいてこちらに真っ直ぐに向かって飛んでくるのが見えた。「わあ。この剣は私の考えてることが分かるのかしら」
 それなら次に何を見せてもらおうか悩んでいるとまもなくペガサスは彼女の目の前に着いた。そして剣の刃の縁から身を乗り出して彼女の部屋の中に出てきたのだった。巨大なペガサスはその蹄で彼女の勉強机を踏みつぶしてしまいバリバリと音を立てた。 
 そこまで来てやっとそれが普通のフォログラフィーなどではないことに気がついたが手遅れだった。ペガサスは逃げようとしてもがくフレイシーの服の背中をがっしりとした白い歯で噛むとそのまま宙づりにして自分の背中に放り上げてしまった。フレイシーはこのままでは連れ去られてしまうのが分かったから必死にもがいて馬から下りようとした。
 だけど何かに締め付けられて動けなくなってしまったのだった。彼女の体には真っ白な蛇が絡みついていた。彼女はパニックを起こして何とか床に転がろうと体を激しく揺すった。彼女の頭の中はだんだんと真っ暗になっていくようだった。その暗闇までの間の時間に彼女に巻き付いていた蛇と目があった。
 その瞬間、彼女はああ、そうだったんだ! と納得した。その蛇は彼女と神経接続することを望んでいるみたいだった。「なんだそうだったら始めからそう言えば良いじゃない! 私だったら逃げたりしないのに。お兄ちゃんみたいには」
 後から考えるとどうしてその時イルミスのことを思い出したのだろうと思ったけど、その時はそれどころではなかった。
「分かったからすぐにここから下ろしてよ! 準備するから」
 彼女は自分の端末機を取りに行きたかった。だけどその白い蛇はそんなものを使わずに見つめることだけで彼女の心の中に入り込んで来たのだった。フレイシーは自分が汚される感じがして吐き気がしたけど、どうしようもなかった。
 最後には「あとはもうどうにでもなれば良い!」と彼女は逆に白い蛇の方に心を開いていったのだった。

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