水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

Page 15 <back >next page >目次へ

3章 9 赤い影

 彼女は部屋に戻るとまずホンセ・リーラーが渡してきた鍵のプログラムをブラック・ストーンに焼き付けた。そうやって持ち歩いていればなくさない限り誰かに取られる心配はないはずだ。
 彼はフレイシーに対して恋人に合い鍵を渡すみたいにキープログラムを渡してきた。そのことは薄気味悪くもあったが、なぜか少しうれしい感じもした。
「とにかく早く彼にミーレの部屋の写真とガラスをスキャンしたデータを送ってあげないと」彼女は散らかり放題の納屋に忍び込んだ。そこは実質上イルミスの部屋だったし、彼に内緒でそこに入ると彼はなぜか狂ったように怒り出すからだった。
「別にたいしたものがあるわけでもないのに。それとも自分が作ったものがガラクタばっかりだっていうことがばれるから、部屋に入られるのがいやなのかも」
 そう独り言を言いながら、ずっと前に来た時に見かけた古くさいCLLスキャナーの在処を探した。それは鈍い銀色に光っていて、おもちゃの拳銃のような形をしているはずだった。
 やっとみつけた場所は干からびた植物がぶら下げられていたフックのすぐ近くだった。革製の砂漠トカゲのホルスターにそれは収まっていた。
「まったくお兄ちゃんたら。何の武器にもならないのにこんなところに入れて、さすらいのガンマンきどりかしら」でもまあ、物騒な物を作ったりしないのでそれはそれで良かった。と思いながら母屋に戻るとミーレの部屋に落ちていたガラスの破片をスキャンし始めた。出来るだけ精度を上げようと部屋の明かりを全部消した。すると銃のようなスキャナーの先から銀色の光が静かにあふれ出してきた。それは日の光を透かしてみる蜘蛛の糸になんだか似ていた。
「ミーレ。これであなたを誰が殺したのかきっと分かるようになるからね。もう少し待っててね」
 その後、彼女はふと思いついてポケットからミーレの死体をくるんでいたハンカチを取り出すとそれにもスキャナーの光を当ててみた。別に何にもならないかもしれないけど、なぜかそうしたかったのだ。
 するとグレーがかったスキャナーの光が当たった部分だけミーレの体がオレンジ色に光った。今までそんなことはなかったからフレイシーは不思議に思ってそのデータもついでにホンセ・リーラーの所に送ってみることにした。
 それからカメラからシルバーストーンを抜き出すとそれを小さなコップのようなものに満たされている金色の液体の中に沈めた。しばらくすると写真のデータがその中に染み出してくるだろう。それをスプーンですくい取ってコンソールにつなげた読み取り機に垂らせば、そこで初めて画像のデータに生まれ変わるのだった。その二重螺旋円が描かれた小さなコースターに似た読み取り機を使えばどういう物質が写真に写っているのか解析することも出来るらしかった。もっとも直接物質をスキャンするのに比べれば精度はかなり劣ってしまうみたいだったけど、見えてはいても気づいていないものを調べるのにそれは役に立つのだった。という話をエイテルシー先生の科学の授業で習っていたのだった。こんなふうに実際役に立つこともあるなんて思ってもみなかったので、少し先生に感謝した。その授業の時は彼女が居眠りしていなかったのも奇跡的だった。
 彼女が寝なかったのはそんなふうに何かに探りを入れるのが好きだったのかもしれなかった。そんなふうにスキャンが終わりホンセ・リーラーに通信しようともらった鍵を入れたブラックストーンをコンソールに繋いだ。
 すると端末のスクリーンには虹色に光る小さな鍵が映し出された。それは鍵穴を探してしばらくくるくる回り始めた。「ああ、そうだ。私の精神感応のフィードバックデータが必要なんだっけ」フレイシーはコンソールにケーブルを取り付けた。その先には小さな黒い針がついていて、それを手首の静脈に差し込んだ。なんでこんなことまでして用心するんだろう彼は。と少しの間、疑問に思っていた。でもそれはプログラムが彼女の精神を直接走査するまでの間のことだった。
 虹色の霧で出来た鍵が探し回る鍵穴は彼女自身の中にあった。それがカチリとはめ込まれた瞬間、自分がホンセ・リーラーにだまされたのかもということに初めて気がついた。だけどそんなことを気にしていても何も始まらなかったので、早く彼が呼び出されて出てくるのを待った。
 彼は今度は視覚フィードバックを使わなかったので、コンソールには文字データが映し出された。ホンセ・リーラーは言った。「私はホンセ・リーラーだ。早くミーレのデータを送ってもらおう」それ以外は何も言うつもりはないらしい。フレイシーは鍵のプログラムを差し込んだときの妙な違和感について文句を言いたかった。そこでコンソールにこう打ち込んだ。
「あなたは一体何? いつもそんなふうに欲しいものだけを要求して。そんなことで済むと思ってるの?」
 だけど、やっぱり彼は無言のままだった。それとも答えるべき答えがインプットされていないだけなのかも。フン、AIはやっぱりAIか。国の最高のコンピュータでもただの石ころがしゃべっているのと同じ。そう心の中で思った。すると、やっと彼が答えた。
「石ころか。良いたとえじゃないか。それで言いたいことは済んだのかい?」
 彼は彼女の精神フィードバックを覗いているのだから、彼女が強く思ったことは向こうに伝わってしまうらしかった。フレイシーは深呼吸して出来るだけ興奮しないように努めた。せめてこれ以上頭にくることを彼が言わないでくれますように。そう願わずにはいられなかった。
 振り返ると興味深そうにパルスがしっぽを振りながらこちらを伺っていた。フレイシーは手を伸ばして彼の耳の後ろの所を掻いた。「あなただって心配してるのよね。これから一体何が起こっていくのか。大丈夫よきっと。全部うまくいくから」パルスは舌を出して手のひらをぺろぺろなめた。「ちょっと! 別に蜂蜜が塗ってあるわけでもないわよ」パルスは真っ赤な羽根をぱたぱたさせて水を飲みに行ってしまった。その様子を見ているとやっと気分が少し落ち着いてきた。
 それからホンセ・リーラーのところにミーレのデータを送った。すると、「データをありがとう。すぐに解析してみるからそのままもう少しだけ待っていて欲しい」そう彼は言ってきた。
「この中に犯人に結びつきそうな手がかりがありそうな気がする。そういう犯人固有の臭いが残されているようだ。彼は二回現場にやってきた。一度目はただ破壊するためだけに。二度目はそれ以上のことをするために。犯人はミーレを憎んでいたというよりもこの私のことを憎んでいたといえるのではないだろうか。
 私が閉じられし門であり続けさせるために彼はミーレを殺したんだろう。
 そしてそれを望む者はたった一人か二人しかいないだろう。そのことは最初から分かっていたんだ。私がミーレと友達になった。だから彼らはミーレを殺した。それが真相なんだよ。真実はそれ以上でも以下でもない。こうすることで自分の方が私よりも上だって事を見せつけようとしているんだ。だけども私には証拠が欲しい。私が思っている犯人が彼らだという証拠が。
 ああ、そう思っているうちにデータの解析が済んだようだ。まず中央図書館のデータベースに当たってみたが、どこにも彼らに該当するデータがなかった。つまりこの私自身が知ることの出来ないところに彼らがいるということだ。それでこれを見て欲しいんだ」
 ここで初めてコンソールに一枚の画像が映し出された。それはぼやけていてよく分からなかったが何かの巨大な赤い光の固まりのような者だった。だけど、その光の中心部分から二本の腕がこちらにニュッと差し出されていた。今にもこちらを握りつぶそうとしているように。
「これはミーレ自身が襲われたときに記録していたデータだよ。彼は一度痛めつけられた時に気を失ってしまっていたのだが、君が来た時に目を覚ましたらしい。たぶん君が触れた時にその衝撃で残っていた神経細胞が活性化されたんだろう。君ともう一度話がしてみたかったのかもしれない。その後彼はこの今見ている画像データを私の所に送信してきた。
 たぶん本当は君の所に送ろうとしたんだろうけど、すぐに通信できなかったんだろう。そしてそれに気づいて奴はまた戻ってきた。そして今度は息の根を止めたんだ。奴の炎の力を使って。犯人は自分が勝ったと思ったんだろう。だけど勝利の雄叫びを上げているうちに油断してしまったのに違いない。君が送ってきてくれたガラスの破片のデータとミーレの体の切れ端のデータには奇妙な全く別の物が付着していた。それが中央図書館にも問い合わせてもそんなものはこの国に存在しないといってきた物だった」
 次に画面にはオレンジ色に光る大きな光の玉が映し出された。何かの細胞の写真だろうか。「これはなんなの?」
「そうこれこそが動かぬ証拠さ。私自身の手の届かないところにある。この国のあらゆる保守コンピュータでさえなにもすることも出来ない。君の大切なエイテルシー先生だって手も足もでないだろう。いちいち言うまでもないことだが。
 だけど、私は自分自身のデータのうち削除されている部分に気がついた。私はそこを復旧しようと何十年もがんばってきたがそれは無駄だった。だけど、そのデータが欠けている穴の形をシミュレートして瞑想を重ねるうちにそれがなんだかやっと分かったんだ。それは砂の姫のもとにいる、ある怪物じみた奴のデータだった。砂の姫のことは私でも認識できるのに砂の姫の下僕のことを考えることが禁止されているのは全く不思議なことだよ」それから彼の饒舌な口調はぱったりと止んでしまい沈黙だけが残った。フレイシーはやさしく言った。
「そう、それが犯人なのね。砂の姫の下僕とやらが」
「そうなんだ。彼は私の精神に打撃を与えるためにミーレを殺したんだ。私自身が初めて得たかもしれない友達を殺すことによって、精神を不安定にさせ私を支配する力を強めようとしているんだろう。それともバランスを取るためにそうしたのかもしれない。
 だけどそのことだけは失敗だったようだ。私は彼が犯人であるという証拠を得ることによって私自身を安定させようと務めてきた。だが、それを知ってしまったら返っておかしな事になってきた。私は私自身のシステムを安定させることが非常に難しくなりつつあるんだ。私自身のシステムが48時間以内に崩壊する確率は36パーセントと私自身が答えたんだ。信じられないことだがしかたがないことだ。
 私が崩壊してしまったらこの国はどうなってしまうんだろう。砂の姫は私のことを支配下に置いておこうとしたようだが、失敗したら自分自身が結局は死ぬことになるのが分かっているんだろうか。私にはもうわからないんだ。何もかもが」
フレイシーはそれを聞いて言った。何かを決心したような表情だった。
「聞いて、ホンセ・リーラー、あなたの精神が崩壊する確率が36パーセントとか言っていたけどそういうことにはならないわ。あなたはたった一人の友人を失って狂いそうになっているけど、大丈夫よ。私がミーレの代わりにあなたの友達になるから。それに砂の国の姫の下僕のことだって私がきっとなんとかしてみせる。きっとね」
 そう言いながら自分にはそんなことをできっこないのは分かっていた。だけどそう言うのは当然だと感じた。それは決してホンセ・リーラーに対する哀れみからそう言ったのではなかったし、彼を守ることでこの国を守るというためでもなかった。ただ彼女はそう言いたかったのだ。そうしないと全てが信じられなくなるからだったからかもしれない。彼女が自分のためにそう言ったのだということに気づくのは相当先のことだった。

<back >next page >目次へ
Copyright (C)2004-2018 Yoshito Iwakura
http://lezarakus.nobody.jp/
このサイトはリンクフリーです
相互リンクサイト募集中