3章 3 病気のミーレ
その日の晩、フレイシーはミーレに話しかけた。
自分の部屋で端末のスクリーンを見つめているとしばらくしてからやっと返事があった。
「ごめんね、フレイシー僕はいつの間にか眠っていたみたいだ」
ミーレは弱々しく答えた。彼の細胞の活性度は近頃目に見えて下がってきていた。どうしたら良いかエイテルシー先生に聞いていたのだが、解決策を教えてもらわないうちに先生はあんな状態になってしまったのだ。さっき念のためにチャンネルFOP35にかけてみたのだが、やっぱり何の返事もなかった。そのことも不安だったが、ミーレのことも心配で頭がおかしくなってしまいそうだった。
「ミーレ、あやまんなくてもいいよ。あんたは悪くないんだから。ごめんね、まだミーレのことを助ける方法が見つからないんだ」
「そうかい。でも大丈夫だよ、僕はきっと。眠ってたらきっと良くなる。そう絵本にも書いてあった」
彼は最近になってやっと「目が見える」ようになったのだった。視覚情報の認識システムをフレイシーが取り付けてあげたからだ。もっとも彼の言う絵本とは普通の意味でも絵本ではなく、中央図書館のデータシステムの中にある映像付きの資料のことだったのだが。彼は暇なときそこにアクセスして知識を蓄え始めたようだった。
フレイシーは先生に掛け合ってもう少しだけ空っぽのデータチップを手に入れて彼に付けてあげようかとも思った。だけど、彼がこのまま弱って死んでしまったら、そんなのは何の意味も成さないかもしれない。
それでも、フレイシーはあまり心配している様子を見せないようにしていた。
「そうね。寝てたらきっと良くなる。あなたは元はピークルっていう強いサボテンの一種だったんだもの。私があなたを見つけたときピンク色でちっちゃい赤ちゃんみたいだった。だからまだまだ育っていかなくちゃ困るわよ。せっかく苦労して見つけたんだから」
「そうだね。いろいろ言ってくれてありがとう。僕は疲れたから、もうちょっと眠ることにするよ」
それを聞いてフレイシーは少しだけ焦った。
「ちょっとだけ待って、ミーレ。今日あなたに連絡したのは、どうしてもあなたに頼みたいことがあったからなんだ」
「今日でないとだめなのかな?」
「そうごめんね、あなたの友達にホンセ・リーラーという人がいると思うんだけど、彼に直接なんとかして連絡を取りたいの。どうすればいいか教えてもらえないかな」
なんだか実際の人間の男に言い寄ろうとしているしつこい女みたいに聞こえるかもしれないと思うと笑い出したくなったがこらえた。
「ホンセ君だね。いいよ教えてあげる。彼だったらきっと嫌がらないよ。
まず中央の守護コンピュータの直下のシステムLOPにアクセスして、彼の心拍が3拍半打ったときにこのキーを差し込むんだよ。そしたら彼は一瞬だけ目をつぶるからその間に扉を4枚抜けるんだ。最初は青空みたいな色の扉。その次はKと大きくかいてある扉、それから綿菓子みたいな扉、最後の扉は猫が引っかいたような傷がある。それで行けると思うよ」
ミーレはキープログラムをフレイシーの端末に送りつけてきた。「これはホンセ君がくれたんだ。君が必要なとき使えって。僕たちは友達なんだってさ」
友達に贈るプレゼントとしてはかなり奇妙なものだと思いながら、端末のスクリーンに光る七色の迷走パターンを見た。こんな見たこともないような複雑なキーを持っているとは、やっぱりホンセ・リーラーは本物なのかもしれないと初めて確信が生まれ始めた。でも本物であろうとなかろうとばかげたことはもうやめさせなくてはいけない。
いつの間にかミーレからの通信は途絶えていた。今日はかすかな寝息も聞こえてこなかった。彼は気絶しているみたいに眠っているんだろう。もう意識を保つ力も失われつつあるのかもしれなかった。あまりもう待っている時間はなさそうだった。