水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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3章 1 ホンセ・リーラー

 フレイシーが初めて人工知能であるホンセ・リーラーから話しかけられたのはちょっとしたきっかけからだった。
 ちょうどそれは一年半ぐらい前のことだった。
 その時は真冬で砂漠の中であっても凍り付きそうな寒さだった。双子星である太陽も地平線から姿を現したかと思うとすぐに引っ込んでしまうのだった。太陽の名前はローゼンヌとクヌークだった。ローゼンヌはほんの少しオレンジ色でクヌークはかすかに緑色だった。ただその差に気づくのも日の出と日没間近の短い時間だけだった。その時だけローゼンヌとクヌークの見分けがつく。昼の間は両者の光は強く混じりあい、どちらの星も真っ白に光っていた。
 だけど真冬になるとその光もすっかり弱くなってしまいシャーベットのように凍り付いた光がフレイシーのいる家の窓にも差し込んでいた。
 フレイシーはその時イルミスの端末を使いネットワークの向こう側にいるエラクス・ミーレに話しかけていた。でもエラクス・ミーレは人間ではなかった。それは植物の一種だった。彼女のクラスではミーレを育てていてフレイシーはその世話係だった。ミーレは冬になると枯れやすいので心配だった。「ミーレ、大丈夫、水とか足りてる?」
「うん。大丈夫だよフレイシー。ここは少し寒いけどなんとかなりそう。でもA25の3の細胞が少し変なんだ。ちょっと見てくれるかな」ミーレは子供みたいな口調で答えた。無理もない、ミーレは生まれてからまだ少ししかたっていなかったからだ。ミーレは植物の細胞とシリコンチップから作られた人工知能だった。
 だがそれは実験的なものでエイテルシー先生とかホンセ・リーラーとかと比べたらかなり原始的な物だった。だけど、それはフレイシーたちとネットワークを介して話すことも出来た。
「エイテルシー先生が僕のママだね。じゃあフレイシーはお姉ちゃんなんだろうか。僕のことを守ってくれてる」
 フレイシーは次々とミーレが端末のスクリーンに送り込んでくる文字データを見て、この子はきっとほんとに生きてるんだ。と思った。
 最初、エイテルシー先生の生命科学の授業を取ったとき、こんな原始的な人工知能を作ってみたってなんにもならないと思った。クラスメートのオクリスの提言で植物の神経細胞の一部を組み込んでみようとか聞いたときも、意味のない子供のお遊びとしか思えなかった。
 クラスで投票で選ばれた植物はピークルと呼ばれる紫色の花を咲かせる小さな多肉植物の一種だった。ピークルはまったく雨の降らない砂漠でも空気中の水分を集めて生きていくことができるのだった。
 フレイシーはそのあとくじ引きで負けて砂漠で良さそうなピークルを探し回るはめになった。そのサボテンみたいな奴はいつもは何気なくその辺に転がってるのにいざ探そうとなるとなかなか見つからなかった。
 仕方なしにイルミスが倉庫に捨てていた簡易的な生命体発見装置を使ってピークルを探してみた。ちゃんと生命体のサイズを入力できたりとか捜索範囲を設定できたりとかなかなか優れ物のようだった。
「こんなに良い物をあのお兄ちゃんが作ったなんて信じられない!」イルミスのことを少し見直して使ってみるとそれが倉庫の隅に捨てられていた理由がすぐにわかった。きっと生命体のサイズを指定するところにバグがあるんだろう、2センチから3センチと設定したのに、あたりにそのサイズの生命があふれているという意味で探査機のディスプレイは真っ赤な点で埋め尽くされてしまった。
 やっぱり、使えねえ! と大声で誰もいない砂漠で叫ぶと機械を投げ捨ててから、彼女は地面に這いつくばって手探りで探し始めた。ピークルは昼の間、2時間ぐらい日を浴びると満足して砂の中にすぐに姿を隠してしまう。夜の間は外気に触れるところに出てくるのだが。
 一時間ぐらいフレイシーは探し続けてすっかり砂まみれになってしまい優等生のオクリスのことを呪った。「あいつが言い出したんだから、あいつが探せばいいのに、なんてバカらしいんだろ!」ふらふらになりながら砂の上に倒れ込んで空を見上げた。もう良いや、見つからなかったって言えば良い。そうあきらめかけたときすぐ寝ころんでいる顔の横のところにぴょっこりと一本のピークルが頭を出しているのが見えた。ちょっとだけピンクがかったやつだった。
 フレイシーがさわいでるのを聞きつけて地下から芽をだしてきたのかもしれない。そう少し思ったが、そんなはずないかとつぶやくとさっそくそのピークルを砂からすくい取ってビニール袋に入れた。
 なんだかそのピークルのことが気に入ってしまったので彼女はピークルから人工知能のミーレが作られたとき、その世話係に自分から希望してなってみることにした。
 ミーレはピークルの細胞から作られた有機的シリコンチップが眠りながら見ている夢のような存在だった。
 彼は複雑な処理とか計算とか一般的な人工知能が得意なこととかはぜんぜん出来なかったが独り言だけはぺちゃくちゃしゃべっていた。その会話にフレイシー以外の人が入っていこうとしてもすぐに癇癪を起こしてしまうので、研究をしようにもお手上げの状態だった。
 ほかにも生命科学の授業では平行して実験が行われていたので、しばらくするとミーレのことはフレイシー以外は忘れてしまっているのだった。
 ミーレはシリコンチップに埋め込まれてしまっていてもまだ、日光を浴びる必要があったので学校の温室の隅に置かれていた。だけど、遠隔操作で大体の世話が出来るようになっていたので、わざわざそこまで出向く必要はなかった。フレイシーはミーレへのアクセス権を独占していたので、というかだれもアクセスしたい人はいなかったのでしょっちゅうミーレとおしゃべりばかりしていた。
 ミーレは学校にいる大抵の奴らとは違ってすましたところもなくてとても良い奴だった。
 そんなある時、ミーレは「君に僕の友達に会わせてあげるよ!」そう言い出したのだった。フレイシーはミーレのA25の3の位置の神経細胞の具合をスキャンしていた。友達っていったい何なんだろう? 温室に夜な夜な夜這いしてくるセクシーなジョロウグモとかそんなとこかな。とか思いながら返事せずにいるとまたミーレはメッセージを送ってきた。
「フレイシーは僕にだって友達がいるってことが信じられないんだね。それならすぐに今からここに呼んであげるよ。おーい、ホンセ君」
 ホンセ君? どこかで聞いたような名前だけどなんだろう。
 その時ミーレの意識の中に何か別のものが入り込んできた気がした。何かとてつもなく大きくて不気味なものが。
「君がフレイシーだね。やっと見つけた。私はホンセ・リーラー。この国のホストコンピュータだよ。私が直接しゃべった生身の人間としては君は12人目だ」
 そんなふうになんだか寂しそうに話しているのが本当にホンセ・リーラーであるのか、フレイシーは全く信じられなかった。
「あなたが本当にそうなの、偽物じゃない?」思わず端末にそう打ち込んだ。
「証拠を見せてほしいんだね。わかったよ。君は見かけによらず結構疑り深いんだね」なんだかフレイシーは自分が誰かに見つめられてるような気がして、後ろを振り返った。「そうだ、よし、決めたよ。君は印象深い真っ赤な髪の毛をしているから、それにかけてちょっとしたお遊びをしてみようと思う。
 明日の朝、一時間目にエイテルシー先生の授業があるんだろう。その時彼女の様子に注目していてくれ。ちょうど、10時25分にそれは起こる」
 そこまで言うとホンセ・リーラーからの通信は途絶えた。一体何をするつもりなんだろう。なんだか恐ろしいことが起こりそうな気がしてフレイシーは気分が悪くなってきた。彼女は立ち上がると窓を開け真冬の空気を部屋に入れた。遠くを見ると青い月が昇り始めていた。いつの間にかもう夜だ。新鮮な空気を吸って少し頭がすっきりしてから、端末の前に戻ると、スクリーンにはミーレが眠っている時に送ってくる記号だけが映し出されていた。

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