水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

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2章 2 偽物の水の塊

 フレイシーはプールの中でふわふわと透明な液体の中を進んでいた。それは水にとてもよく似ていたけど、違う物だった。彼らは普通の水に入ったら皮膚がただれてしまうのだったけれど、その特別な化学物質を加えられた水だったら平気だった。それは砂の姫の血液から分離された物質を培養して増やした物だったから、プールの中は彼女の香りに満たされていたということも出来るのかもしれない。それは水であり水でない物だった。
 だけど、フレイシーたちはそんなことを気にすることもなく泳いでいた。
 ホンセ・リーラ、ホンセ・リーラ。呪文のように浮かんでくる。きっと嘘に決まってる。フレイシーは泳ぎながら考えていた。いつもは水の中にいたら考えていることなんて全部溶けていってしまうのに今日は違っていた。
 「トリローファスの言うことなんて気にするのが間違ってる。たぶんそれは地下にいるあいつのお父様とやらが夢の中で勝手に思いついたでたらめなんだ。
 でも、ホンセ・リーラーが門を開こうとしているって一体どういうことなんだろう。門を閉ざすためだけに存在する物が自分を開けはなったら、死んでしまうことになったって不思議じゃない。それとももっと別の訳があるんだろうか?」
 頭の中を水流がごうごうと通り過ぎていく感じだった。今度はフレイシーは背泳ぎをする姿勢になって浮かんでいた。このプールは地下一階にあったから外の音はなにも聞こえない。この建物から外に出たら砂漠ばかり広がっているなんて信じられない感じだった。
 だけど、砂の国の住民にとって本当に信じられないのはこのプールの存在だろう。
 授業で自分で選択して泳いでいるのはほんの数人だった。彼らの体に何が起こっているのか常にモニターされていた。
 フレイシーは実はこのプールの水が普通ではないのを知っていた。ホンセ・リーラーが教えてくれたのだ。彼はフレイシーだけは特別だ。と言った。
 今ここで私が血を流してプールの水に注ぎこめば一体何が起こるだろう。砂の国の姫の人造の血液と私の本当に生きているはずの血が戦えば勝つのはどちらなのだろうか。
 もしそうしたら、ホンセ・リーラーが地下の牢獄か抜け出して、私のことを助けにくるかもしれないな。彼は恋でもしてるのかも。
「人工知能が恋か。それともただ利用しようとしているのか」
 今度は出来るだけ深く潜った。プールの底には一面オレンジのライトが埋め込まれていてそれが弱く光っていた。それから手を自分の顔に近づけて見た。フレイシーとかいう炎という意味の名前なのにどうして水の中にいるのが好きなんだろう。ちょっと私は変なのかも。
 だんだん息が詰まってきて水面に浮かんでいくうちにまた別の心配事が頭に浮かんできた。
「そういえばトリローファスは剣なんて持って来てないって言ってた。うそをついてるだけなのかもしれないけど、あいつの場合なら、たとえ犬の糞を持ってきたって誇らしげに宣言するはず、自分がどれほど気が利くかってことを。
 まあ、そうしないってことは何かが変だ」
 そして、あの薄汚れた剣とイルミスの様子が最近おかしいのと何か関係があるんじゃないかということが急に気になりだした。
 もしそうだったら、剣を持ってきたトリローファスが偽物だったことになる。そこまで考えて水の中でフレイシーはフフっと吹き出した。そして、ポコポコと上がっていく光の泡を見ていた。「そんなはずないじゃない。いくらなんでも。たぶんトリローファスがごまかしてるだけ」
 それでもフレイシーはあの時の剣をちょっと調べてみようと思い始めた。
 その時、授業の終了を知らせるブザーが鳴った。もう水から上がらないといけない。「さよなら砂の姫の偽物の血」とフレイシーは口の中で誰にも聞こえないように言った。

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