水の国の姫 SFファンタジー小説 : 著 岩倉義人

Page 4 <back >next page >目次へ

1章 4 砂漠の木

 それから一週間ぐらいしてやっとすっかりイルミスの肩の傷も治った。外に出てみると、どんよりと曇っていた。でもこの国では決して雨が降ることはないから、熱い砂が空に吹き飛ばされて雲が出来きていたのだった。それでもたまには少しは日差しが和らいでいるのも良いかもしれないと思って彼は少し散歩でもしてみることにした。
 しばらく歩いていくとこんもりした砂丘の天辺にたどり着いた。そこから振り返るとイルミスの家が熱気の中でかすんで見えた。平べったい赤い石造りの家。イルミスは5歳になったときからあの家に一人で住んでいた。それまでの間はたまに両親は地上に来てくれていた。もっとも赤ん坊の間はイルミスは地下で育てられたらしい。そのときの記憶はもうイルミスにはないのでよくわからないのだが。
 それで、5歳になって両親と別れて住むことになってから彼らはずっと地下にいてイルミスのところに食料や必要な衣類などは転送装置で送り届けられた。
 ところがちょうど8歳ぐらいになったときだった。いつもと全く違うものが地下から送り届けられたのだ。小さなプラスチックケースから出てきたのは3歳になったばかりのフレイシーだった。彼女は毛布にくるまって眠らせられていた。
 イルミスはその時から自分自身だけでなくフレイシーの面倒まで見なくてはならなくなったのだった。こんなふうにいうとイルミスの家庭がイカれているように感じるかもしれないけど、この砂の国では一般的なことだった。大人たちは地上を恐れているので出来る限り地下の都市に留まりたがっていた。だけど子供達は生き延びていくために太陽の光を必要としていたので、地上に送り届けられなければならなかったのだ。なんだかよく分からない厄介者として。
 地上に住む大人たちはごくわずかだった。それはたとえば病院の医者とか学校の先生とかだった。だけどそれも大抵はオートメーション化されていたので、イルミスたちが生身の大人と出会うことは滅多になかった。
 彼らは不思議なことに昼の世界を恐れていたので、やってくるのは真夜中と決まっていた。真っ青な防護服を着込んでやってくることもあったのでそれはまるで亡霊のように見えた。
 イルミスももう2、3年もすれば彼らに仲間入りしなければならないらしい。真っ青なほのかな光の世界に閉じ込められてしまうのだ。イルミスはどうにかしてそれから逃れたかった。亡霊のように生きるのはまっぴらだった。
 学校の教育ビデオで見せられた地下の世界はすばらしいところで、何も不自由することもないとか言っていたが本当だろうか。
 とはいえこの国を脱出しない限りそれを拒むことは不可能だろうから、どうしようもないことでもあった。隣の国の水の国は狂った国民が住んでいて、自分たちのことを深く憎んでいるらしかった。それに水の国では国中が水浸しになっているのでそんな中でイルミスたちは生き延びられるはずがなかった。イルミスたちはずっと乾ききったところに生きてきたのだから。
 うねうねと続く砂の溝に足を取られながら歩き続けると、紫色の砂とオレンジの砂が互いに層を作って重なり合っているところにたどり着いた。砂はソフトクリームのように盛り上がっていた。その砂の丘の天辺に木が生えていた。その木は砂漠の中に生きているのに珍しいことに沢山の真っ青な葉っぱを付けていた。その木はマクリマスの木と呼ばれていた。イルミスはその木がなんだか好きだったので、暇があるときによく見に来ていた。
 マクリマスの木の葉っぱは下の方は草のように長く、上の方に行くほどイボのように分厚くて丸い形になっていた。秋になるとオレンジ色で黄色い縞模様の入った小さな実が沢山できる。その実を食べるために小さな飛行トカゲや虹色の羽根を持った鳥たちが集まってくるのだった。
 だけど、今はちょうど夏だったから花が咲いていた。マクリマスの木の花はとても奇妙でとがっていて、乳白色の鉱石のようだった。その薄いカミソリの刃のような花弁の上に真っ赤なハナアブがやってきていた。そのアブはマクリマスの木の蜜しか吸わない。砂漠の中にはマクリマスの木は余りなく、木同士は数十キロも離れていたから、アブはその距離を燃えるような炎天下の下飛んでいくのだ。そうやって彼らは蜜を集める。
 砂の国では全く雨が降らないから、マクリマスのような大きな木がどうやって自分が生きていくのに必要な水分を集めているのかイルミスは不思議に思った。だから彼は数年前、マクリマスの木の根元を少しだけ掘ってみたことがある。彼自身の作った芋虫のような穴掘り装置を使って。20メートルぐらい下に進んでいったところ、彼の芋虫は端末のスクリーンに「水がある!」と知らせてきた。マクリマスの木の下にはほんの少しだけ湧き水が湧いていて、その水を吸い取ってその木は生きているのだ。でも湧いている水をマクリマスの木は全て吸い取ってしまうから、地表から見ると湧き水なんて全くないように見える。そういったことは学校に置いてある、中央図書館のデータの中にも書かれていなかった。イルミス自身がデータの書き換えを地下のホストコンピュータである「ホンセ・リーラー」に申請してみても良かったのだが、彼は子供の言うことなんて耳を貸さないだろうし、そもそもここ30年はデータが更新されたことはなかったのだった。
「大体あんな奴らにここの事を教えたら、すぐにやってきて水分の回収装置をマクリマスの木の地下に取り付けてしまうだろう。そしたらこの木は枯れて、アブが吸う蜜もなくなってしまう。それだったら、このまま放っておいた方が絶対良いに決まってる」
 そうやってイルミスは一人でうなずいていると、たった今見えていた真っ赤なアブの姿が消えた。何かがとても素早い動作でアブのことを捕まえたのかもしれない。そう思ってイルミスは木の茂みの中を探し始めた。たぶん砂漠トカゲか何かが樹皮と同じ色をしてひっそり隠れているのだろう。だけど、マクリマスの木の茂みの中から見つめ返してきた目は見たこともない色をしていた。真っ赤な水晶のような目だった。
 その鮮やかな吹き出したばかりの血のような赤い色はイルミスに砂の塔の上で見た光景を思い出させた。「そうだ、あの時、僕は奇妙な大男に肩をつかまれて気を失ったんだっけ? あの時、僕の肩から流れていた血の色があの色とそっくりだった」その光る目を眺めていると、イルミスは恐怖感も感じたがなぜか心地よくて目が離せなくなってしまった。その目にいつの間にか真っ青な空と太陽の幻が映し出されていた。それと巨大な蝋燭のような砂の塔が立っている。イルミスの視線は塔の天辺に吸い寄せられていった。そこには、あの日のように巨大な大男が立っていて、その姿は炎のように揺らめいていた。男が両手を広げるとそれと同じ形に炎の形も変わった。しかしよく見るとそれは翼であることが分かった。彼は一声鷹のように鋭く鳴くと、空に飛び立った。イルミスには彼が空高くから見下ろしている砂ばかりの霞んだ大地が見える気がした。その大男の意識で地面を見下ろしていたのだ。しばらく彼はものすごいスピードで飛び続けていたが、ある目標を見つけてだんだんと速度を落とした。砂漠の真ん中にマッチ棒ぐらいの大きさの小さな木が見えた。木の天辺はブロッコリーみたいにもこもこしていた。それに目がけて男は襲いかかるようにダイブした。もう少しで地面に激突してしまう! そう思ったときにその木はマクリマスの木じゃないかということにイルミスは気がついた。そうだ、だから木の根元にうずくまっている、やせっぽっちの奴は、僕?なんだろうか…
 そんな風に混乱した気持ちでイルミスがいると、目の前にはいつの間にか燃えるような羽根をした巨大な鷹が降り立っていた。いや、たぶん、その羽根は本当に燃えているのだろう。なんだか恐ろしい熱気が発散されて、あたりの砂漠の空気をかえって涼しく感じてしまうぐらいだったから。イルミスはそんなおかしな鷹が急に近づいてきたものだから、うれしくなってしまい、口笛でも吹きたいぐらいだった。だけども、逃がしたくはなかったので彼はそんなことはしなかったけれども。普通の人だったらそんな恐ろしげな鳥が来たら自分が食われるのではないかとか、焼かれて死ぬのではないかと心配になって逃げ出すか、それとも怖がりすぎてその場に立ち尽くしているのが精一杯といったところだろうけど彼はそうではなかったのだ。
 イルミスはその鷹をもっと見つめていたかったが、鷹はまた地面を蹴って飛び立ってしまった。それから鷹は地面ぎりぎりに飛んだり少しだけ舞い上がったりしながら、イルミスの周りをぐるぐる回り始めた。なぜかイルミスには鷹がダンスを踊っているような感じがして仕方がなかった。鷹はパチパチと火の粉を飛ばし続けながら、イルミスの周りを飛び続けていた。あまりに暑くて、それに鷹の羽根が作る火の渦があまりにきれいだったから、イルミスの意識はまたぼうっとしてきた。徐々に炎の触手が彼の心の中に浸食してくる感じがした。だけど、それはそんなに嫌な感じじゃなかったから、まあいいか…と彼はそれに身を任せてしまった。
「そうだ、気持ち良いことには身を任せてしまった方が絶対楽だよなあ」と焦がされそうな熱気の中で彼は一人でつぶやいていた。
 だけども、そんなふうに気持ちが良いときには決まって裏があるものだ。もうろうとした意識の中で彼自身の魂の中のビデオテープのスイッチが誰かに押され、つい最近彼が見てきたことがどんどんと浮かび始めた。「多分そうだ、炎の鷹があんまり左回りに飛びまくるからそんなのが見えてきたんだろう」彼はそれから逃れようと少しの間目をつぶってみた。だけどそうしてみるとより一層彼の記憶の中に何かが入り込んできた。
 明るい炎の渦の狭間に見えてきたのは、真っ黒な海の幻だった。海面にはほとんど波がなく、重油のように重く光っていた。これだとほとんどもう何も見えない。でも返ってその方がいいかもしれない。そうだったら記憶を覗いている奴に彼女のことを知られないですむからだ。だけどいつの間にか夜明けが近づいているらしく、だんだんと水平線が見えてきた。ところが太陽が昇ってきたのは海の向こう側ではなく海の内側からだった。どうしてここでは太陽が水の中にあるんだろう?とても変じゃないか。イルミスは幻を見ながら一人でつぶやいた。だって水の中に太陽があったら海は干上がってしまうだろう。でも、そうやって水の幻が見えているのは彼にとって救いのような感じさえした。現実には激しい炎に巻かれていたのだから。
 イルミスは水の中から徐々に浮かび上がってきた太陽をじっと見つめた。この太陽はきっと偽物の太陽なんだろう、だから見続けたってちっとも目が痛くならない。そうやって納得しているとその小さな太陽の表面から少し上の海面にちっぽけな船が浮かんでいるのが見えてきた。「ついに見つけたぞ!」と言う声がどこからかしてきた。彼の周りを飛んでいる鷹が叫んだのだった。イルミスはその鷹をにらみ付け、「静かにしていろ、今いいところなんだから! もう少し僕のことをそっとしておいてくれ!」そう喚いたのだが、すぐに声は炎の中に吸い込まれて消えていってしまった。仕方がない、彼はできるだけ鷹のことを無視して船に意識を集中していった。そうだあの船には彼女が乗っている、この前見た水の国の人が。期待に胸をふくらませて見ていると、また幻の中にその船の姿が見つかった。なぜかイルミスは一羽の鷹になってその船に襲いかかりたい気分だった。そう、鋭い爪を真っ白な象牙の船にたたき込んで沈めてしまえばいい。そういった感じで、激しく羽ばたいて船に突進していった。しばらくしてやっと船の所にたどり着いて海面すれすれの所から船の中をのぞき込んだ。マストの所に彼女がいるはずだ! そうイルミスの心は鷹に伝えた。すごい早さで通り過ぎながら空中からマストの根元をにらみ付けた。だけど、そこにはもう彼女の姿はなかった。
「いったいどこへ行ってしまったんだろう? もう僕に会いたくないから逃げてしまったんだろうか」イルミスはがっかりして、いらいらして叫び声を上げると鷹は真っ白なマストに激しく爪を立てた。するとマストから真っ赤な血が流れ始めた。船自体が生きてるんだろうか? びっくりして炎の鷹は首をもたげて見ると、視線の先には純白の巨大な蛇がいた。ほんのすぐ近くだった。蛇は口を開けていて牙の先からは輝く毒液がしたたっていた。もう逃げられないだろう。そう思って鷹が目をつむるとすぐに体が動かなくなっていった。もう僕はここで死ぬんだろう。観念して鷹はじっとして毒が体を巡るのを待っていると、何かが彼の頭をそっとふれた。とてもやさしいさわり方だったから不思議だった。蛇の牙がそんなに柔らかいなんて、こんなことってあるんだろうか? なんだかそれはあの人のような触れ方じゃないだろうか。鷹は薄目を開けてみると静かな声がした。
「またあなたはここにこうしてやってきてくれたんですね。今度は二度目。一度目は少年の姿、今度は鷹の姿。一度目はただ会いに来て、二度目は殺しに来た。だけどそれはあなたの意志ではないはず。だからそう、今度来るときがあればあなたの意志を見せて」そうつぶやくと髪も白く肌も冷たく真っ白なその女の人は手をさしのべて鷹の目を塞いだ。手のひらから嗅いだことのない花の香りがしていた。するとなぜか鷹は眠りたくなって丸くなって寝てしまった。
 そこでイルミスの意識は途切れた。海の底に沈んでいってしまう感じだった。最初は気持ちが良かったけれど潜るにつれて体を剣で突き刺されるような感覚が起こった。それで小さく叫び声を上げてから目を覚ました。そう、ちゃんとマクリマスの木の下で彼の体は目を覚ましたのだった。彼の腕や体に小さな傷がたくさんでき、そこから血が流れていた。炎の鷹は彼の周りを巡りながらなんども噛みついたり引っ掻いたりしてきたのだろう。それで鷹はどこにいったんだろう?いつの間にか彼の周りにあった炎の渦は消えていた。もうどこかに飛び去っていったんだろうか。と空を見上げていると目の隅に小さな毛玉の固まりが見えた。真っ赤で火の玉のようなものが地面にあった。その鷹は飛び立ってしまったのではなく、小さく丸まってマクリマスの木の下で眠っていたのだった。
 こいつ、なんでこんなところで寝てるんだろ。とイルミスは少し笑ってからそばに寄ってみた。弱ってもう死んでしまいそうになってしまっているんだろうか。もしそうだったら残念だな。彼はその鷹に魂を乗っ取られてもう少しで死にそうになっていたのにそんなことは大して気にならない様子だった。しばらく見つめているとだんだんと鷹の姿は幻のように薄くなっていった。それからその幻はだんだんと姿を変え、一人の人間のような姿に変わってきた。それはイルミスが砂の塔の上で見た赤い大男の姿だった。イルミスはおびえた声を上げた。「どうしてこいつがこんなところに」すぐに逃げた方がよさそうだったけど、なぜか逃げることができなかった。いつの間にか男は目を覚ましたらしく起き上がるとこちらを向いた。
「そんなに怖がらなくても良いじゃないか。私は赤い使者、レイダルス。砂の国の姫の下僕だ」イルミスはなんだか怒りの言葉を吐きかけたかったけど、なんと言ったらいいかわからずにもぞもぞしていると、「もう一人ここに姫の下僕がいる。彼のことにはもう気づいているだろうが」そう言って赤い使者はマクリマスの木の茂みの中に手を伸ばした。すると、茂みの中からかすかに何かが息を吸う音が聞こえてきた。それから真っ赤な火のようなものが螺旋状に使者の腕に絡みついてきた。それは蛇だった。さっきここに来たときに見つめられていた目の持ち主だった。
 イルミスはそれを見て悲しいようなうれしいような不思議な表情をした。
「僕はその蛇に殺されかかった。あんたたちがどういうつもりか知らないけど、僕のことなんてもう放っておいてよ…」そういつの間にかつぶやいたが、赤い使者は全く気にしない様子で、「フフッ、こいつも外の世界にこんなに長い間いたのは久しぶりだったから疲れてしまったんだろう。それに役目も果たしたしな、もう良いだろう」イルミスは頭をびくっと男の方に向けた。
「役目って一体何です?」
 彼は蛇の頭を指でそっとなでながら言った。
「もう分かっているだろう、この蛇、リレーパーの役目はお前を見張り、私を塔から引き寄せた。私の役目はお前の心の目を少し借りることだった」
「借りることだって? もう少しで僕はあの人を殺すところだったじゃないか。訳がわかんないよ!」
 赤い使者は薄笑いを浮かべてしばらく黙っていた。彼の肌は赤い泥を塗って乾かしたような色をしていた。その肌の色がだんだん青みを帯びてきた。「確かにそうだ。それは全く、すまなかった。そうなるとは思ってもみなかった。砂の姫の話では、お前の心を探り、お前の見たことを確かめよ。ということだけだった。君の心は不思議だ。きっと何かよく分からないことが起きているんだろう。そう、私には説明することなんて出来はしない。だから君は砂の姫に会うことになるだろう」
「会うことになるだろうだってさ。僕の意志はちっとも含まれていないんだな。僕がもし、砂の姫なんか糞食らえだ! そんな奴に会いたくないって言ったらどうするんだろう?」イルミスはそう思った。そんなイルミスの考えを見透かしたかのように使者は自分の足を指さした。さっきまではブーツを履いていたはずなのに彼の足は一瞬だけ鷹のようなかぎ爪を生やしているように見えた。
「またこれを使うまでもあるまい。お前はそこまで馬鹿ではないはずだ。それにお前を怪我をさせている暇なんて無いんだ。どっちにしろ決めるのはお前自身だ。姫に会うつもりなら今日の夜11時にここに一人で来い。あと忘れないで持ってきてもらいたいものが一つだけある。
 つい最近お前の家に一本のさびた剣が送られてきただろう。その剣を必ず持ってこい」
 そう言い放つと彼の姿はまた鷹の姿に戻っていった。蛇のリレーパーは邪魔にならないように今度は足の所に移動して巻き付いた。その蛇はイルミスの方を見てなんだかクスリと笑った気がした。「そんなに面白いかよ」口の中で毒づいていると、鷹は翼を広げ真っ青な砂漠の空に飛び立っていった。砂漠の塔に戻ったのだろう。彼は砂の姫の下僕だって言ってたっけ。たぶん鷹は姫の膝にうずくまって頭をなでてもらうんだろう。今日一日の苦労をねぎらって。彼はそのためだけに働いているのに違いない。そこまで考えてイルミスは気づいた。幻の中で見た水の国の蛇とさっきのリレーパーという赤い蛇がなんだか似ているな、ということに。なんで姫という奴はみんなこぞって蛇をペットにしたがるんだろう。あいつらはほんと趣味が悪いな。
 とりあえず家に戻ることにした。いつの間にかもう日が沈みかかっていた。あたりは肌寒くなってきている。「さっきの赤い使者、レイダルスとか言ったっけ。それが持ってこいと言った剣はたぶんフレイシーのところにあいつの男が持ってきたあの剣なんだろうか? あんながらくたが何の役に立つっていうんだろう」そんなことよりも、もっと大事なことはあの剣があのままベッドの下にあるかどうかだった。なぜかというとフレイシーは頭にくることがあるといつも大掃除をする癖があったからだった。その探索は自分の部屋だけでなく兄の部屋に及ぶこともしょっちゅうだった。だからイルミスは絶対捨てられなくないものは壁にある隠し金庫に入れておくのだったが、そんながらくたの剣はそこに入れるはずはなかった。
「うーん、でも今日僕がちょっと出かけてる間にフレイシーが掃除したとも限らないじゃないか」
 イルミスは砂漠の砂に足を取られて体を揺らめかせた。「そこまで僕だって運が悪いとは限らないよな」
 しばらくしてから振り返るとマクリマスの木が青い闇にくるまれていくところだった。

<back >next page >目次へ
Copyright (C)2004-2018 Yoshito Iwakura
http://lezarakus.nobody.jp/
このサイトはリンクフリーです
相互リンクサイト募集中