十八章 苦しみの野
次の日の寝る前の自由時間を使ってリルファーは手紙を書いた。紙はシハレウの部屋の授業の時使った余りをこっそりポケットに入れておいたのが役に立った。問題はコーラルがアマにどれくらい事実を知らせているのだろうかということだった。それは日頃の彼の自分への接し方から推測するしか方法がなかった。明らかにどこか自分のことを特別扱いしているのは明白だったが、それは彼らの規則内で行われることに限られていることだった。だが、それだって表面上のことだ。彼らはリルファーのことを精密に調べていたのだから、リルファーが普通の死の子供と飛び抜けて違っていて、その変化の度合いが有り得ないぐらいだとすでに気付いているだろう。そのことを考えてみると、彼らが自分のことを偽物の死の子供だと気付いている可能性さえあった。でも、もしそうでなかったら。
リルファーはベットの枕元の堅い木の部分に粗末な紙を押しつけながら考えていた。自由な時間は三十分ぐらいしか無かったので、そうゆっくりはしていられなかった。周りの子供達はまだランプの周りでおしゃべりを続けても何の文句も付けられないはずなのに、眠さに耐えられなくなって、その火から離れてベットに潜り込んで行った。
もっとも彼らのおしゃべりの声はとても小さくて聞き取れないぐらいだったが、黙って震えて抱き合っている者の方がもっと多かった。眠るのに怯えているのかもしれない。それがどれ程あなた達にとって正しい恐れであるのかはっきり教えてあげれたらどんなに良いだろうか。それを聞かされて彼らが理解できる見込みがあるのなら、リルファーはそうしただろう。それにそんなことをしていたら、自分がやろうとしていることが絶対に無理になってしまう。そんなことは我慢して放っておくしかなかった。
それに、もう少ししたらまた教官のプラックスがやって来てしまうだろう。ベットの横の金具に頑丈に取り付けられたランプの鍵をはずして、彼らに持って行かれたら手紙を書けなくなってしまう。リルファーは急いで小さな鉛筆を手に取った。
ここであったことを全てコーラルに向けてぶちまけてしまいたかったが、ダレウ・チダやアマに知られてしまうことには抵抗があった。リルファーはこう書いた。「コーラル・グラズセン様。私はそちらに戻る準備がもうすぐ出来るはずです。アンフィも死の胎児になってそちらに送られると思います。イレアラ・カルス」
これなら良い。リルファーは何度も頷くと手紙をたたんでポケットの中に素早く隠した。これだったら、何も知らないアマ達が読んでもただの意味のない挨拶のようにしか感じないだろう。それにコーラルはこれを読みさえすればすぐに理解できるはずだった。だが、その待ちわびた挨拶が届けられた彼女たちは、どのような行動をするつもりなのだろうか、考えても分からなかった。待つしかなさそうだ。ちゃんとアマがコーラルの言った通りに手紙を送ってくれればの話だが。周りの死の子供を見ても手紙を書いている者など今までに誰もいなかった事だけは分かっていた。
朝になり授業が始まると、アマ・エムルスルダはいつも通り巨大な空洞の部屋の中央に陣取ると、死の子供達が遠くで蟻のように重い机を運ぶのを満足そうに見ていた。しかし、驚いたことに一匹のそれが机を運び終わらないうちに、地面に机を置いたまま、こちらに向かって真っ直ぐ歩き出しているのを見た。列の途中でそんなことをするものだから、他の死の子供達は何度も捨てられた机にぶつかって転びそうになっていた。「一体誰なんだ? こんな馬鹿な事をするのは。」子供達の列が乱れるのが、完璧な聖所をないがしろにしているように感じた。アマは大声を出してそのまぬけな子供を叱りつけてやろうと思った。しかし彼は自分に向かって歩いて来るのがイレアラだという事にやっと気が付いた。
彼にはいつもイレアラは砂漠に突き立てた棒に引っかかったぼろ布ように無様に痩せて見えた。しかしそのぼろ布が今日は強い風にあおられているようにはためいているな。そうぼんやりしているうちに、それは目の前に来ていた。
「イレアラ・カルス。あなたはどんなに自分勝手なことをしているのか分かっているの? いくらあなたがユニークな死の子供だとしても、限度があるわ。たとえコーラルが何を言っていたとしてもここでは関係ないわ。」
リルファーはそれを聞いて今ここに来たことは間違いだったのでは、と思った。しかしもう後に引く事なんて出来なかった。
「間違いを犯したことは謝ります。アマ。私はあなたにお願いしなければいけないことが出来たのであなたの所に来ました。」彼女はポケットから大事そうにしわくちゃの紙を取り出した。「これをコーラルの所に送りたいのです。」
彼はあからさまに長い灰色の髪の所に手をやって、それを受け取りたくないそぶりをした。「確かにコーラルは私にあなたからの手紙を受け取るように言ったわ。でも、普通は手紙を出したがる死の子供なんていないのよ。もっともいるはずが無いというのが本当かしら。」彼は最後の所で話をはぐらかせるためにふふっと笑って見せた。
「でも、あの子達がそうしてはいけないという規則は有りはしないのだけど。」
リルファーは出来るだけ冷静に言った。「そうですか。規則が無いのなら、あなたがコーラルの頼んだ通りに、手紙を送るものと考えて良いのですね?」
彼女が落ち着いた声を出せば出すほどアマはいらついていくようだった。「確かにそうね。もう分かったわ。早く手紙をよこしなさい。必ず送るから。」
彼はリルファーのまだ握りしめている紙切れを強引に奪い取った。そして、すぐに作業に戻るように言った。リルファーは自分一人の机が転がっている方に向かって歩きながら振り返ると、彼が自分の手紙を読んで確かめているのが見えた。良かった。コーラルは本当はあいつなんかにほとんど何も知らせていなかったんだ。彼はすぐに紙ばさみにそれを面倒くさそうにそれを入れ込むと、朝の呪文を唱えだした。本当に手紙が届くのだろうかとは余り考えないでおこうとリルファーは思った。この状況に何か変化が起きるまでシハレウを使い続けなければならないのだから。リルファーはたった一つだけ開いた机の隙間を探すために気が遠くなるぐらいの距離を机を引きずって歩いた。