レザラクス 赤い土

 四章

 リルファーは目を開くと、一人のレザラクスが自分の事を見下ろしていることに気がついた。「レザラクス、偽物の女のふりをしているだけの生き物。」
 そう、天井の近くに浮かぶ顔がつぶやいた気さえした。

 だがそれは、リルファーの目の焦点が徐々に合せられていくにつれて、全く別の怪物染みた生き物、自分にはまだ生えてはいないペニスという人工の武器を隠されたところにしまいこんでいる生き物、プラックスになっていった。彼女はコーラルが自分を見つめていてくれていると信じ込んでいたので、がっかりしてしまった。

 彼は神官医師だと、虹の息の部屋に3日前に入ってくるなり、そう言ったのだった。それは彼女の初めて見る本物の神官医師だった。街角に乞食のように立ち尽くして、皮膚病の患者たちのお恵みを待ち望んでまじないのかけられた、膏薬を売る、彼女が今まで見てきた治療師とは訳が違うはずだった。

 だが、リルファーには、目の前に何の断りも無く立つ男こそが、本当に皮膚病にかかっている唯一のプラックスなんじゃないかと思えるくらい、また、そのオレンジの皮のような皮膚を彼の自慢にしているのではないかと疑わせられるぐらい、彼はマントの影に顔を隠して、薄笑いを浮かべていた。「どうだね?具合は。私には最初見た時から比べるとずいぶん元気になったような気がするがね。」

 彼はマントのフードを下ろしてもなお、暗く沈んで見える青い目をゆっくり瞬きしてみせた。外には雨が降っているのだろうか。彼の服のすそから水滴が滴るのを見て、リルファーはそれさえも不快に感じた。「私、あなたに伝えておきたいことを今思いついたわ。」

 神官医師である彼、ストラド・スートニックスは、それが一体何だね?と、わざわざ聞かなければ、彼女は何も答えないだろうということに気付くまでしばらく時間がかかった。それまで彼は呆けたような顔をして彼女のベットについたしわを丹念に数えてでもいたのだろう。「さあ一体何か見当もつかないが教えてくれないか。」

 リルファーは馬鹿にしたように鼻で息を少し吐くと急に話し始めた。「私があの部屋の中に閉じ込められていたとき、一体何を聞いたと思う?隣の部屋に閉じ込められている私の同類の泣き声か、それかここの守人に言わせれば、自分が新しい素晴らしいものに生まれ変わっていくときに出す自分自身の声を自分で聞いたとでも言うのかもしれないけれども、私が聞いたのはそんなんじゃないわ。」

Lezarakus
chapter 4
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 リルファーは少し話を切ると、スートニックスの顔を不思議な偽物ででもできたなんでもない物を見つめるような表情をして見上げた。その瞬間スートニックスは、動揺したのか自分でも分からなくなってしまっていたが、彼女の望んでいる通りに彼女のほっぺたを殴りつけられたら、彼女だってもうしゃべらなくても良くなるから、彼のことを感謝するんじゃないかとも思えた。事実、彼の手のこぶしを作ったときの指の先が、もう彼女を殴り終えたような、彼女の痩せた白くて不潔な肌にすでに触れたように、汗に濡れているのを、彼は意識すると、ハンカチを取り出して丁寧にそれを拭い始めた。

そうしている内に彼は、彼女が聞いたものについての説明をすでに終えてしまっていることにやっと気付いた。「君の言っていることは、どういうことかさっぱり分からないが、まあいい。確かにそれは君の思っている通りに幻覚なんだろう。だからそんなものは、無視したほうがいい。でも、そんな心配事はこの先全く無くなるから、安心してくれ。プラックスになったらね。」

そう言うと、彼はいつの間にか腰を落ち着けていた椅子から立ち上がった。「あら。神官医師さん。診察もしないで帰るんですか?それともそれは終わったとでもいうのかしら。」「その通りだ。リルファー確かにもう終わったんだよ。君は明日にでも髪の毛の部屋にまたぶち込まれるさ。君をこのまま放っておいて死なせるわけにはいかないからね。」

 しかし、彼女は満足したかのような微笑を浮かべてさえいるように見えた。どういうことなんだろうか。スートニックスは彼女との無駄なおしゃべりを永遠に続けることに飽き飽きしだしたので、という理由を見つけ出すと、今度こそ部屋を出ようと立ち上がった。それでも、彼女は彼の背中に向けてやはり聞きたくもないことをささやきかけてきたのだった。「あなた達は、秘密にしているつもりだけど、今のでやっとはっきり分かったわ。私だって、プラックスになりさえしなければ、他の生き物と同じようにちゃんと死ねるんだわ。」

 それを聞くとスートニックスは背中をびくりと震わせるとしばらく立ちすくんでいたが、黙ってそのまま部屋を出て、後ろ手にドアを閉めた。あの子は私の生まれて始めて見る死んだレザラクスに本当になるんだろうか。私の始めて見るだって?本当に死んだレザラクスなんて最初のプラックスが生まれてから一度も出来た事はないはずじゃないか、それも自分の意思でリルファーはそうしようとしている。なんとかするべきだと、守人に伝える他はないな。しかし、彼女に黒い露を飲ますことが出来さえすればなんとかなるはずだ。でも、そんなことは自分には何の関係もない事だ。そう、スートニックスは自分に言い聞かせようとしていた。仮の神の子宮のがらんどうに満ちた薄汚い空気が彼の肺を犯そうとして彼の足元を優しく撫で回すのを、自分の足音の変化で彼は敏感に感じ取った。

 「もし、リルファーが死んでしまったら、自分が患者を死なせてしまった、一番初めの神官医師になってしまう。それだけはなんとかしなくては。」
彼は守人のいる部屋の巨大な木の扉のノブに手を伸ばしながら考えた。でも、本当に彼女はプラックスを受け入れなかったら、赤土の本に書かれているとされている通りに死ぬのだろうか。とにかくそんな恐ろしい自分の中の呟きの反響を外に出て拭い取ってしまいたかったが、それもトワンス・ロフと話を付けた後だ。ここの中は雨音だってしやしないんだから。全くの無音だというのに。スートニックスはやっとのことで考えをまとめると、ドアに力を込めて押し開け始めた。ドアは意外なくらいに軽く開いた。

自分が前に開けたときも同じだったはずなのにもう忘れてしまっているのだ。ドアの隙間から中を覗くと木に引っ掛けられたコートのようなトワンスの机に向かう後姿が見えた。彼はそれを見て高い木の上に数十年前から串刺しにされているのと同じことだと自分自身でトワンスが言っていたのを思い出して、スートニックスは胃の辺りに軽いむかつきを感じた。

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