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「レシイドル・クレッツァー・ロムドフという名前のトカゲの話」

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 ですが、そんな様子を物陰でうかがって、ケケと笑うものがおりました。王様は枕から頭を動かさないように気をつけながら横目でそちらをにらみつけますと、そこには驚いたことに小さなトカゲがおりました。まるで、先ほどの手鏡の中に見たのとそっくりな奴が、かごのリンゴの上にちょこんと乗っていたのです。
トカゲは小さな針のような真っ赤な舌を二、三度チロチロ出してから話し始めました。
「ケケ。馬鹿な王様だよ。自分を守ってる印を切り裂こうってんだから。
あの魔法使いだって都会で何を習ったか知らないけど、とんだ食わせ者だよ。
本当とは全く逆のことばっかり言ってやがる。あんたは危うく殺されるところだったな。」

王様は自分の気が変になってしまったのかと思われて、トカゲを串刺しにしてやろうと、刃物を突き出されました。ですが、王様の震える手が突き刺したものはトカゲが飛びのいたあとのリンゴだけでした。

「ケケ。取引しようじゃないか。俺の欲しいものをあんたがくれさえすれば、あんたが助かる唯一の方法を教えてやろう。」
王様は何か言おうとして口をぱくぱくさせていましたが、出たのは意味のないうめき声だけでした。そして、声を出そうとしたことでまた腫れた舌がひどく痛んだのです。
それを見てまたトカゲはうれしそうにはしゃぎました。
「おかわいそうに。俺が欲しいもの、それはあんたにとってたいしたものじゃない。ただ、あんたのまだ産まれていない息子の名前をいただきたいだけなんだ。
あんたはただ、あんたがまだ頭ん中で思ってるだけの名前を俺にくれて、それで別の名前を考えて本当の息子にやればいい。そんなもので秘密が分かるなんて、安いものだと思わないか?」
王様はしばらくの間、思案に暮れました。もしかすると、あいつは悪魔か何かかもしれん。そんなものに息子の名前をやったら、どんなに恐ろしいことになるだろう。しかし、それもこれも、革命が起きたら終わりだ。どうせ死ぬんなら、奴の与太を聞いてやってもそれも一興か。
 王様は紙切れにレシイドル・クレッツァー・ロムドフと書きなぐると、トカゲの方に投げ与えました。トカゲは喜んでそれを読み取ると、言いました。
「レシイドル・クレッツァー・ロムドフ。アハハ、なかなかの大層な名前だな。
さて、今度はお前の欲しいものをやろう。
まず、お前の舌に居るトカゲの意味だ。それはお前を本当は守ってくれているんだ。あんたの言う言葉に国民が付き従う力を与えている。しゃべる言葉に聖なる力を与えてくれているんだよ。それに加えてもっと大事な役目があるのさ。
その昔、あんたたち王家はあるチンケな魔法使いに呪いを掛けられた。
まあ、自然の力を利用した妖気の一種みたいなものがあんたの国を覆うように仕向けたってわけだ。その妖気の力は季節的な周期を持っている。その最高点が5月の頭にやってくる。それを払うために民衆の前にわざわざ出て、あんたは演説しなくちゃいけないってわけだ。あんたは馬鹿かも知れないけど、あんたの祖先は大したもんだよ。
ほんとに感心するわ。それを王族の舌に仕込んだ王族のお雇いの魔法使いもな。

そこまで言えば、いくら馬鹿のあんたでもわかるだろう。あんたの舌が今そんな風に腫れている理由がだよ。あんたはあの若い魔法使いの進言をあてにして、城の小屋に住んでいた汚い婆さんの占い師をおっぱらっただろう。
それで婆さんはどんなになったか知ってるのか?詐欺師の刑を科せられて舌を33枚に切られて、死んだんたとよ。あんたは血が嫌いだから公開処刑なんかに顔を出すわけないから知らないだろうけどな。

 婆さんの祖先は優秀な魔法使いだった。あんたの舌に聖なるトカゲを埋め込んだのも奴の祖先さ。
ほんとに人間は面白いよ。だんだん、だんだん馬鹿になっていく一方だ。あの婆さんの出来ることと言ったら、当たりもしない占いとあんたに呪いを掛けることだけだったなんて。
婆さんに残されるはずだった、呪文だってもっと良いものがたくさんあったはずだったのに、王族に裏切られた時の復讐のための呪文だけ残ったなんて、本当に滑稽だよ。それとも、それが人間らしさなのかもな。
 それでと、どうすれば、死んでしまった婆さんの怨念を静められるかってことだが、それはあんたが適当に考えるんだな。ヒントは若い魔法使いの魔力の根源は奴の持つ、グマーツクグとかいう変な機械さ。
 残された時間でせいぜい考えるんだな。」
 そこまでいうとその小さなトカゲはいつの間にか姿を消してしまいました。多分わずかに開いた窓の隙間から飛び出して行ってしまったのでしょう。

それから、王様はトカゲの言っていたことについてよく考えてから、城の唯一信頼している、兵士を呼びつけると、真夜中に若い魔法使いの機械を壊させ、その中に隠されていた、魔法の宝石を煮溶かした液を刑死者の墓の上に降り注がせたそうです。
 そうすると、あんなに腫れていた舌の痛みがもう一晩寝る内にみるみる引いて、朝になるとしゃべれるようになったそうです。
 なにが不思議かと申しますと、ただの阿呆のトカゲがあんなに何でもよく知っていたということでしょうが、多分王様の舌に住むトカゲが、ひそかに力を与えたのに違いが無いと私は踏んでいますがね。」

 そこで話が途切れたので、やっと乞食の話が全てすんだことに気が付いた。私の隣にはいつの間にか席についていた友人が呆けた顔をして黙り込んでいた。私は今の話の奇妙さに驚いてしまったが、銀貨を一枚はずんでやることにした。友人はとても、不満そうな顔をしていたが・・。

 そして、銀貨を手渡した瞬間に乞食はばね仕掛けのようにすばやく立ち上がり、恐ろしい勢いで店から飛び出して行った。私は友人と顔を見合わせていたが、すぐに並べられていた肉料理の一皿が消えているのに気が付いた。乞食の話に夢中になっていてまだ、何も手をつけていなかったので友人の怒りもひとしおだった。
 友人は上着の中のリボルバーを引き抜きながら店を飛び出た。すると、まだ、乞食は店の前にいて、ふらふらした灰色の野良犬に餌をやっていた。当然それは私たちのところから、盗んだ肉だった。
「おい、なにしてやがるんだ!」
友人は犬のそばにしゃがみこんでいる、乞食にそう叫ぶなり、私が止める前に鉄砲をぶっぱなしてしまった。私はびっくりして思わず目をつぶったが、目をうっすら開けた時には乞食の姿はすでに無かった。銃煙と共に掻き消えてしまったかのようだった。
 ただ、地面には割れた皿があるだけだった。
「多分路地裏にでも駆け込んだんだろう。追ったっていいが、そうなると返って俺たちの方が危ないかもな。」友人は冷静な声でそう言った。

仕方なく、私たちは食堂に戻ったが、私は心底あんな下らない理由で彼が死ななくて良かったと思った。彼にとってはあの犬は大事な存在なのだろう。

 次の日の朝、村を立ち去ろうと急ぐ私たちの前に昨日の灰色の野良犬が寝そべっていた。頭を撫でようと近づいてみると様子が変であることに気がついた。
 犬は死んでいた。だらしなく大きな口を開けて、舌は恐ろしく腫れあがっていて、それで呼吸が出来なくなって死んでしまったのだ。
「たぶん昨日の肉に毒が混ぜられていたんだよ。あの店で皿に乗っている段階でね、それでもし、君が銀貨をはずまなかったとしたら、俺たちの舌がこうなっていたのだろうね。」
友人は犬のそばにひざまずくと興味深そうに眺めていたが、私は恐ろしくて見れなかった。
もしかすると、舌の上に白いトカゲの印の刻印があるかもしれなかったからだ。
 村を出た後友人に聞いても、そんな印なんてどこにもなかったと言っていたが。

終  「レシイドル・クレッツァー・ロムドフという名前のトカゲの話」

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