レザラクス 赤い土

 「疑わしきは肉の断片。
 醜きものは、その肉の中の意識。」

レザラクス 第22教則 赤土の本より抜粋 



一章 死の子供たち

 コーラル・グラズセンは右手を伸ばして、自分と死の子供たちとの間に、見えないガラスがあるのを 感じた。その痛みにも似たひんやりした感触は、それに触れた瞬間だけ彼女を安心させた。

「死の子供たち」が本当に死ねるのは、これからまだ当分先のことだ。それも空気に触れる所ではなく、女たち、 つまりレザラクスたちの暖かく湿った生殖器の中でのみ彼らは死ぬのだ。

それも彼らの入れられているガラス製の生命維持装置が正常に作動し続ければの話だが。 

しかし、それが止まる心配も今夜は無いようだった。部屋の中は小さな常夜灯しか点けられていなかったから ぼんやりと光る胎児たちの他にはほとんど何も見えずに闇の中に沈んで見えた。


彼女はその晩の4回目の定期巡回をもう終えようと思って、青白く光る白衣のすそを静かにたなびかせた。
すると、廊下に並ぶ巨大な監視窓の一枚に部屋の中を覗き込む影が映し出された。彼女にはそれが誰によるものだか、 あらかじめ分かっていたから、別に驚きもしなかった。こちら向きに、ガラスに押し付けられて、充血してヒトデの ように 張り付く、奇妙なピンク色のてのひらは今日も彼女の乳首を撫で回したがっているのに違いがなかった。

そして彼もまた十年後には、単なる生殖器の断片そのものの、黒いウミウシに変化して女の体の中に潜り込んで、 甘い死を貪ろうとするのだろう。彼女にはその姿が今、目の前にしているかわいらしいとさえいえる死の子供たちと 同じであるということが到底信じられるとは思わなかった。

 彼女は、ルゼスのいやらしい手から目を背けて、もう一度ガラスケースの中に、静かに陳列されている15セ ンチ程の桃色をしたオブラートたちに目を落とした。

それまで彼らが70年もの間使い続けてきた二つの瞳は、今は普通の胎児と同じように小さく萎縮してまぶたは 硬く閉じられている。
しかし、その薄い皮の向こう側はゼリーのように灰色に透けていた。だが、死の子供たちが、たとえ目を閉じたまま 外を見たいと思っても、それはかなわないことだった。彼らの視力はもう捨てられてしまっているからだ。 

確かにそれは彼らがもう一度レザラクスとして生まれ変わるまでの間の事なのだが。彼らが何も見なくてもすむ 間は、彼らの帰胎して産み出されるまでの妊娠期間、ほんの数ヶ月だけのことだ。

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「一体何を考えているんだ。もうこんな死人の胎児たちなんか無視して、研究室に戻らないか。」
 コーラルの耳元で、男の低いささやき声がした。それはこれまでに彼女が何度も嫌悪感を覚え続けてきた音色をし ていた。

彼女は自分の前にあるガラスケースの上に、ルゼスの手がそっと置かれていたのを半ば気づいていたのだが、見たくはないものを無意識のうちにそれがその場所にありはしなかったのだと自分に思い込ませてしまうのと同じようにして、彼女はその手を無視していた。

 彼女が特に見たくはなかったのは、彼の左手の人差し指の爪にある、黒い虹の形をした跡だった。それは彼が誰かの部屋を乱暴にこじ開けようとして、ドアを閉められたときにできた、拒絶された印なのだと空想させるような色をしていた。彼はその後のレイプを成功させたのだろうか?多分彼なら血の滴る指を舐めながらでも、最後までやったに違いがないと彼女は思った。

 しかし、彼女は目の隅にその黒い貝殻に浮き出した虹を見つめ続けた。

「ええ。分かったわ。でも私は隣の部屋に気になる子がいるから、先に帰っててくれない?」

 ルゼスは無言で頷くと、その青白い手をやっと引っ込めたのだった。彼の閉じられた口の中で一度、聞こえないように小さく舌打ちされた、舌の動きが見えるような気がした。
 コーラルは、廊下の向こう側に彼の足音が消えていくのを感じて、軽くため息をついた。


 それからプラスチックの表紙をしたファイルを覗き込んで、25番の容器に入っている死の子供について書き込み始めた。それは胎児の形に収縮し始めてから、優に2週間はたっているから、背中に黒い斑点状のあざが出来始めて入るはずだった。

彼女はペンライトの光の輪の先を操って、その皮膚の上にしばらくの間だけ落とした。老人のようなしわのあるピンクの皮膚の上には、薄汚い出来物のような印が5つだけ浮かび上がっていて、死の胎児が、軽く引きつった呼吸をするたびにそれは伸び縮みを繰り返していた。

余りに皮膚が薄いから、その飴色の中に心臓の弁が動いている様子や先の曲がった針のような肋骨が肉の中にあることまではっきり見ることが出来た。

確かにそれは一月前までは、69才の老人だったはずだが、死の子供の姿に変わるきっかけを与える薬である、グメルズスを投薬されたために、時間を逆行したように胎児の姿に戻ったのだ。

彼のことをプラックスであったときの名前で呼ぶ人はもういはしないだろう。しかしもう一度女の子宮から這い出したときには、またその名前で呼ばれることになっている。彼らには死などありはしないのだから。

だが彼はそのときには、男--プラックスの姿のままでいるわけにはいかない。またレイプされる者の姿である、女--レザラクスの姿に戻らされて産み出されるのだ。

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